用兵術と部隊長選任
エルム歴七三四年の新年が明けてから一か月。アルスとフランツは三年生になっていた。毎年この季節になると学年の総仕上げとして、総合演習とともに個人の剣術大会も開催される。学校の敷地は広大に作ってあり、個人の武を競う舞台やらイベント用の会場に加えて、大規模の集団模擬演習まで出来るようになっている。
さすがに貴族や王族が通う学校だけあって施設の規模も桁違いに大きい。総合演習は最終学年が行う一大イベントだった。ここで行われるのは三年生生徒たちによる全体運動や騎馬による突撃演習などが披露される。そして最後に最終学年による模擬戦闘が行われるのだ。この模擬戦闘は四〇〇人ほどいる生徒たちをふたつに割っての集団演習となる。
学生の中から騎馬や歩兵、弓隊、伝令、偵察隊、将軍役を決めることになる。役割は今までの成績や大会での活躍や特性が考慮されて決定される。しかし、実際は貴族の子息は親のコネやら圧力が学校側にかかっている。当然花形となる騎馬隊は平地における主力となるはずだが、そうした花形はほぼ貴族の子息や関係者で埋め尽くされているのが通例だ。逆に歩兵は全員が平民という極端ぶりである。
大会が近くなると学校側から通達があり、将軍役はアルスに決まった。アルスはすぐに動いた。チーム分けの人選が終わっているので、将軍役の生徒には人員配置の権利が与えられるからだ。騎馬隊に決まる連中は貴族の意向があるため動かせない。だが、それ以外の兵科についてはある程度、将軍役の自由になる。
「うーん・・・・・・」部隊長役として学校が推薦する生徒の一覧表をもらったアルスだったが、気乗りはしなかった。
「どうしたんだ?」フランツがしかめっ面をしているアルスに声をかける。
「部隊長だよ。学校から推薦の一覧表をもらったんだけどね」アルスが手に持った一覧表をフランツは覗き込む。一覧表の中には生徒の学校の意向が反映されたメンバーが名を連ねていた。
「どれどれ・・・・・・おー、成績優秀な奴ばっかじゃないか。」
「でも頭が固い生徒が多いな。テストでは優秀でも用兵演習ではとっさの判断が遅れてた」
「あぁ、確かにな。型にハマれば強いんだけどな」
フランツが苦笑する。演習戦で行われるのは、教科書通りの条件下で如何にして戦うか?である。つまり、最初から与えられた条件のなかで戦わざるを得ない。ただし、そうしたなかでも不足の事態というのは起こり得るものだ。
奇襲であったり、小細工を仕掛けたりする生徒もなかにはいる。そうした類は、ごく一部の生徒たち(主にアルスやフランツ)によって引き起こされるわけだが、教師陣からは余り良い顔をされない。
「でも、ひとりだけいいね」
「誰?」
「ほら、ここの」と言って、リストの下の方を指を差す。そこにはギュンター・ホーンと書かれていた。
「ギュンターか!剣と槍は相当の腕だな。去年の個人大会でも相当上位に入ってたからな」
「そうだね、でもそれ以上に用兵演習クラスで見せた立ち回りだよ。相手の崩れたところを的確に突けるし判断も早い。フランツ、集団戦なら君でも勝てないかもよ?」アルスがニヤリと笑う。
「どうかな?個人戦では勝ったけど、集団戦でも戦ってみたい相手ではあるなぁ。とはいえ、俺は一度も集団戦でお前に勝ったことがない。むしろそっちでリベンジしたい!」
アルスは笑って誤魔化した。
学校の用兵術というのは、教科書通りの型をキチッと習得することが何よりも重点が置かれている。ただ、実際の用兵演習となるとペーパーテストで優秀な成績を取る生徒が勝てるとは限らない。型通りの戦場など存在するわけもなく、その場その場の柔軟な対応が要求されることになる。そんなときには教科書に書いてないような型破りな用兵をすることも要求される。
ギュンターはそんな用兵が出来る数少ない生徒の一人だ。そういう意味では茶化したアルスが一番見てみたいと思うほどだった。それほどにフランツとギュンターの用兵術は際立っている。フランツにも部隊長を務めてもらうのは当然だった。
アルスは早速ギュンターの元を訪れて部隊長就任のお願いをした。赤髪が目立つギュンターは礼儀正しくフランツとは対照的にきっちりと礼を尽くす人物で、王族であるアルスにも正式な礼をする。「そんなことしなくてもいいよ」と言って、アルスは少し居心地の悪さを感じたが、それがギュンターの人となりだと理解して受け入れた。
そして、熱心に話をするとギュンターは少し照れくさそうにしながらも快諾してくれた。
「アルトゥースさま、私からもひとり推薦したい人物がいるんですが、いいでしょうか?」
「推薦したい人、どんな人かな?」
「私の友人にヴェルナー・ユンガーというのがいます。二刀の剣の使い手と言えばわかるでしょうか?」
「二刀流・・・・・・もしかして清流の」
「そうです。清流のヴェルナーです」
二刀のヴェルナーは学校でも有名だった。個人大会では少し短めの剣を二刀で持ち、相手の間合いを崩して攻撃を完璧に封じてしまう戦い方だった。相手がどんなに激しい攻撃を繰り出しても全て受け流してしまう戦い方に、どんなものも静かに飲み込む清流の川の流れのようだと噂が立ち、そこからついた異名が清流のヴェルナーだった。
ギュンターによれば、彼は集団戦での読みも筋が良いとのこと。そこでアルスは、少し考える振りをしながらいたずらっぽく尋ねた。
「君とやったらどっちが強いの?」
そう問われてギュンターは少し考える。ヴェルナーの集団戦の指揮を見たことは何度かあったが、ギュンターとヴェルナーは集団戦に於いて直接相対したことがない。アルスの聞きたいことは、恐らく彼が指揮官として冷静な判断が出来るかどうかという点であろう。その点でいえば、ヴェルナーは非常に冷静な判断が出来る男だ。
「わかりません。でも、いい勝負になるんじゃないかと思います」
「それはすごいね!君と互角にやりあえる生徒なんか滅多にいるもんじゃないよ」
「彼と私は同郷なんです。この学校に入るためにずっと頑張ってきたものですから。私を誘うならぜひ彼も誘っていただきたいのです」
「わかった、そうさせてもらうよ。あと、僕を呼ぶときはアルスで構わないから」
「わかりました、アルスさま」
その日にアルスはギュンターと共に、二刀の使い手ヴェルナー・ユンガーの元を訪れた。ヴェルナーは、物静かな雰囲気でどことなくギュンターと似たような空気を感じる。身長は平均的だが両肩、両腕の鍛えられた筋肉が二刀の使い手であることを物語っていた。ギュンターからの紹介で部隊長として参戦してほしい旨を伝えると、アルスの突然の訪問に少し緊張していたヴェルナーはそこで初めて表情を緩めた。
「なるほど、わかりました。それでは俺も微力ながら部隊長の役を務めさせてもらいます」
「ありがとう。それでは、後日改めて詳細を詰めていくからよろしくね」そういって、アルスが帰っていったあと、ギュンターとヴェルナーは顔を見合わせて思わず笑った。
「アルスさまはその辺の貴族と雰囲気、というのかな?かなり違うな」ヴェルナーがそうつぶやくと「やはりお前もそう思うか」とギュンターが返す。
「なんというか、王族のことはさっぱりわからないが、少なくとも他の貴族のような傲慢さは微塵も感じなかった。俺たちのような平民にも気さくな方だ」
「珍しいお方だな。俺も少し話しただけだが、妙に人を惹きつける方というか、どうせ戦場で戦うならああいう方の下で戦いたいものだ」
後日、ギュンターはアルスから校内の一室に集まるようにとの連絡を受け取った。そして、授業後に指定された一室に行ってみるとすでにアルスや他のメンバーが集まっていた。
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