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結晶石と新しい武器

  翌日、フリートは部下に命じ、傭兵部隊から腕利きの者を手配させた。当然、雇い主がグランバッハ商業協会であることは伏せられている。数日後、ランドベルという商会のもとに、「黒の狼」傭兵ギルドからふたりの男が派遣された。ひとりはファルク・ガーランド、もうひとりはミルコ・オットマー。


 ともに暗殺を専門とする、冷徹な仕事人だ。ランドベル商会は、グランバッハ商業協会が裏で操るダミー会社だ。足跡をたどれないよう巧妙に偽装されており、商会のある建物に足を踏み入れたふたりは、がらんとした空間に迎えられた。広い部屋の中央には、ぽつんと机が置かれているだけ。


 ファルクが引き出しを開けると、そこには一通の封筒。


「これだな」


 封筒を開けると、指示書が入っていた。ターゲットの名前、住所、年齢、性別、容姿の特徴が詳細に記されたリストだ。


「今回も大した仕事じゃないな」


 ミルコがリストを一瞥し、つまらなそうに呟く。


「仕事を選べる身分じゃねえんだ。黙ってろ」


 ファルクの声は低く、刺すようだった。


「でもよ、兄貴は昔、ベルンハルトの十傑だったんだろ? もっと歯ごたえのある仕事、報酬もいいやつがあってもいいんじゃねえの?」


 ミルコがニヤリと笑う。


「ちっ、その話は・・・」


 ファルクの表情が一瞬曇る。


「余計なこと言うな」


「へへ、悪かったよ。ついな。でもさ、要人でもねえ領民ばっかじゃ、味気ないよな」


「減らず口叩いてねえで、仕事に集中しろ。俺たちは上から来た仕事を淡々とこなす。それだけだ」


 ファルクの言葉は冷たく、ミルコを黙らせた。しかし、彼の脳裏には「十傑」と呼ばれた日々の記憶がよみがえる。破格の報酬、第二王子に認められた英傑の地位、そしてそれがもたらす影響力。あの頃は天下を取った気分だった。だが、あの女さえいなければ・・・。


 ファルクは忌々しげに頭を振った。


「行くぞ。もうここに用はない」


 ファルクはそう言い放つと、さっさと建物を出た。ミルコが慌てて後を追う。それから数日後、エハルトの知人が次々と暗殺される事件が起こり始めた。




 アルスがリヒャルト伯爵からの手紙を受け取ったのは、八月に入ってからのことだった。手紙にはノルディッヒの情勢が綴られていた。ガーネット教の不穏な動き、そして三大ギルドが連動して暗躍しているという情報。商人のジェルモに関する記述はなかったが、リヒャルトが手紙を送ったのは、アチャズからの話を受けたためだろう。


 アルスは手紙を読み終えると、傍にいたマリアとフランツに簡潔に内容を伝えた。マリアがすぐに尋ねる。


「それじゃ、ノルディッヒに行かれるんですね?」


「うん。しばらく留守にするつもりだよ」


「なら、俺も行くぜ!」


 フランツが勢いよく手を挙げ、意気揚々と宣言した。


「フランツも? でも、戦闘はなさそうだよ」


「護衛は必要だろ? それに、ノルディッヒに行くなら、ついでに調達したいもんがある」


「調達したいもの?」


「これだよ!」


 フランツは腰の剣を抜いて見せた。刀身は欠け、ひびが入り、誰が見ても使い物にならない状態だ。


「パトスたちのおかげで、俺たちの力は次元が違うレベルまで上がった。けど、強くなりすぎたせいで武器がもたねえ。普通の剣じゃ刃こぼれがいいとこで、悪けりゃ一撃で折れちまう。いつも手加減しながら鍛錬するなんて、馬鹿馬鹿しいんだよ」


 フランツの指摘はもっともだった。強さが武器の耐久性を超えてしまえば、戦うたびに手加減を強いられる。先日の手合わせでも、新調したばかりの武器が両方とも壊れてしまったのだ。いくら武器を用意しても、すぐに使い潰してしまう。


「アルス、結晶石のほうはどうだ?」


 フランツが思い出したように尋ねた。


「あ、それならもう完成したよ! 武器に使えるサイズのものができたんだ。ちょっと待ってて!」


 アルスは執務室を飛び出し、すぐに戻ってきた。手に持つのは、今までより一回り大きい結晶石だ。


「やったな! でも、これ、前みたいに光ってねえぞ。どうやって使うんだ?」


 フランツが目を輝かせる。


「魔素を込めてみて」


 フランツが結晶石に集中して魔素を流し込むと、青い輝きが放たれた。


「綺麗!」


 マリアが思わず声を上げた。


「おお! これなら武器の耐久力も上がるってことか?」


 フランツが興奮気味に尋ねる。


「その通り! 結晶石を武器に埋め込んでオーラを流せば、切れ味はともかく、強度は確実に上がる。でも、うちにはこれを取り付けられる鍛冶師がいないんだよね。ガムリングさんは水車や生活用品の鍛冶が専門だし・・・」


 ガムリングに頼めなくはないが、彼は水車のメンテナンスや日常の鍛冶仕事で手一杯だ。武器の強化まで任せるのは難しい。そもそも、村には鍛冶師が圧倒的に不足している。


「ならさ、全員で結晶石持ってノルディッヒに行って、向こうで付けてもらえばいいんじゃね?」


 フランツが提案する。


「ううん、そう簡単にはいかないわ。ここを空けるわけにはいかないし、みんな仕事もあるでしょ」


 マリアが冷静にたしなめた。


「フランツの気持ちはわかるけど、マリアの言う通りだ。ルンデルの動きは前回の敗戦で大人しくなってるけど、ここの守りを手薄にするわけにはいかないよ」


「パトスたちじゃダメか?」


 フランツが食い下がる。


「城兵には受け入れられてるけど、領民にはまだだからね? それに、彼らだって武器は欲しいはずだ」


「はぁ、じゃあいっそ、武器作れる鍛冶師をどこかから攫ってくればいいんじゃね?」


 フランツが冗談めかして言う。


「さすがに無茶だよ」


 アルスは苦笑しながらも、一瞬本気で考えてしまうほど、状況は切実だった。


「でもさ、結晶石を武器に付けたとしても、継続的なメンテナンスが必要だ。やっぱりこの村にも鍛冶師が必要だよ。ノルディッヒに行ったら、その辺も相談してみるよ」


「頼んだぜ! あと、俺は絶対行くからな!」


 フランツが力強く言い切る。


「わ、わかったよ・・・」


 アルスは小さくため息をついた。執務室を出ていくフランツの背中を見ながら、アルスは頭を悩ませる。問題は武器だけではない。エルンの発展に伴い、人口は増えている。新たな村の建設も始まったが、人材不足が深刻だ。技術者が足りない。特に、ガムリングひとりに頼る鍛冶の現状は、もはや限界に達していた。


「アルスさま、よかったんですか?」


 マリアが心配そうに尋ねる。


「仕方ないよ。フランツの言うことも一理ある。僕たちが強くなった分、それに見合う武器が必要だ。ノルディッヒには僕とフランツで行ってくる。マリアにはここの指揮を任せるよ」


「ノルディッヒの州都アウレリアって、すごく綺麗な街らしいですね。私もアルスさまと一緒に歩きたかったな・・・」


 マリアが少し拗ねたように言う。


「え、マリアまでフランツみたいなこと!?」


 アルスが慌てて返す。


「ふふ、冗談ですよ。でも、次は私も連れてってくださいね♪」


「う、うん、わかった・・・」


 マリアの言葉には、なぜかフランツ以上の圧を感じる。アルスはそう思いながら、苦笑いを浮かべた。

いつも拙書を読んで頂きありがとうございます。


☆、ブックマークして頂けたら喜びます。


今後とも何卒よろしくお願い申し上げます。

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