マルの決断
「ふむ。仕事か。・・・だが、お前の魔素は並の傭兵とは違う。闇ギルドにはもったいないな」
マルは唇を噛む。男の黒いオーラは、彼女の魔素を飲み込むように揺らめいた。
「・・・用件は?」
男は一歩近づき、声を低くする。
「特別な依頼だ。この頃、闇ギルドは忙しい。教会の焼き討ち、ファニキアガラスの破壊・・・様々な仕事が動いている。だが、お前には別の仕事を頼みたい」
マルは息を詰める。教会の焼き討ち――そんな大規模な依頼が動いているとは知らなかった。だが、男の口調はどこか軽薄で、まるでゲームを楽しむように聞こえる。
「・・・・・・どんな仕事?」
男は静かに、だが冷たく言い放つ。
「ファニキアの宰相、ミラの暗殺だ」
マルの瞳が一瞬揺れる。ミラ――ファニキアの内政を支える要人。彼女を殺せば、国は混乱に陥る。だが、なぜファニキアの王がそんな自滅的な命令を? 疑念が胸を締め付ける。
「・・・・・・なぜ、宰相を? 彼女を殺せば、ファニキアは・・・」
言葉を途中で切り、マルは口を閉じる。感情を悟られまいと、仮面を保つ。男のオーラが揺らぎ、部屋の空気がさらに重くなる。
「王の意図を詮索するな。やるか、やらんか。それだけだ」
内心、男はほくそ笑む。ミラを排除すれば、ファニキアの経済圏は瓦解する。それが本当の依頼主であるヒースルールの狙いだ。だが、この鬼人族の少女は知りようもない。ただ、彼女の力が興味深い。成功しても失敗しても、面白い結果になるだろう。
男にとって、それだけで十分だった。マルには、ただ「王の命令」とだけ告げる。 マルは無意識に後ずさり、黒いオーラに圧迫された。ノーラに託された子供たちを守るため、金が必要だ。だが、この依頼はあまりにも不自然だった。
「・・・・・・考えさせて」
男は静かに頷くが、包帯越しの視線は彼女を逃さない。
「いいだろう。一週間後、ここで答えを聞く」
一週間後、小部屋に再び二人の気配が響く。マルは前回以上に警戒心を強め、男の黒いオーラに身構えた。
「お前、子供を匿ってるらしいな」
男の言葉に、マルの心臓が跳ねる。ノーラの子供たちのことだ。どうしてこの男が?
「・・・・・・なぜ、それを?」
声は低く、鋭い。男は肩をすくめ、軽薄に笑った。
「そう警戒するな。傭兵たちから小耳に挟んだ。噂はすぐに広まるものだ」
マルは拳を握りしめる。嘘だ、あの子たちを匿ってることは誰にも漏らしてない。断るつもりだった。しかし、子供たちの存在を知られた瞬間、選択肢が狭まった。断れば、どうなるか・・・・・・?
彼女たちを危険に晒すかもしれない。目深に被ったフードの下で、恐怖と決意がせめぎ合う。ノーラさまの遺志を守るため、どんな犠牲を払っても彼女たちを護ると決めた。それがマルの誇りだ。
「・・・・・・わかった。引き受ける」
声は小さく、だが固い決意を帯びていた。男は満足げに頷き、ローブを翻して去る。マルはひとり残され、胸の内で呟く。
(ノーラさま・・・私は、あの子たちを守るためなら・・・)
だが、ミラ暗殺という依頼の不自然さが、彼女の心に影を落とす。この先に待つのは、彼女の運命を変える第一歩となることを、マルはまだ知らなかった。
ガーネット教の聖堂は、冷たい大理石の柱がそびえ、色付きガラスの窓から差し込む光が床に神秘的な模様を投げかけていた。教皇の玉座の前で、ハイデ公国の代表――穏健派のイグナシオ・セルバンテスと過激派のフランシスコ・レディークが膝をつく。
「教皇猊下、ハイデ公国を聖戦に導くため、ぜひ我々をお使いください!」
フランシスコの声は熱を帯び、教皇の顔に満足げな笑みが広がる。イグナシオは隣で黙り、内心のざわめきを抑えた。過激派の策略だ。こうして私を同席させることで穏健派の動きを封じ、教皇の後ろ盾を得ようとしているに違いない。教皇は先日までマルムートと戦をしていたのだ。マルムートとの交易を続ける穏健派にとって、聖戦参加は経済基盤を脅かす危険な賭けだった。
「素晴らしい忠誠だ。ハイデはガーネット教の光の下、聖戦の先兵となるだろう」
教皇の声は荘厳だが、どこか冷たい響きを帯びていた。イグナシオは教皇とフランシスコの視線が交錯する瞬間を見逃さなかった。何か裏がある。会談は短く終わり、二人は退出したが、イグナシオの疑念は消えなかった。
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