闇ギルドの依頼者
「具体的にはどうするんじゃ?」
「これをたくさん作ることで、ネットワークとして機能出来るようにするんだ」
「つまり、単体としては機能せんが、複数揃えることでそれぞれを補うということか?」
「そういうこと!」
アルスが満面の笑みで頷くが、ミラはなおも不審そうに図面を見つめる。
「なんだか、どうにも不安じゃな・・・・・・」
「これがメインになるわけでもないんだけど・・・。でも、まぁ、もう少し改良できないか考えてみるよ」
ミラの不安をよそに、アルスは冷静に戦略を補足した。その後も会議は続き、朝方まで防衛作戦が詰められていく。国家の存亡をかけた戦いの準備が、静かに、しかし確実に進んでいた。
ハイデの闇ギルド本部は、冷たい石壁に囲まれた薄暗い要塞だった。湿った空気が漂い、松明の揺らめく光が長編の影を投げかける。マルは部屋の隅に立ち、ざわめくギルドメンバーたちの声を聞きながら、内心のざわつきを抑えていた。ファニキアの街に隠れる子供たちの顔が、ちらりと脳裏をよぎる。
「よう、無事に逃げ切れたようだな」
背後から突然、温かみのある声が響く。この陰気な場所にそぐわない、軽やかな口調。マルが振り返ると、レグが笑顔で立っていた。
「レグ・・・」
「おまえが時間を稼いでくれたお陰で助かった。他の連中も逃げることが出来た」
レグは気さくにマルの肩をポンと叩くが、マルの表情は曇ったままだった。
「どうした?変なもんでも食ったか?」
「・・・大丈夫」
だが、マルの胸の内では、ジュリの言葉が響き続けていた。
『鬼人族の戦士は、名誉と誇りのために戦う』
あの言葉が、鋭い刃のように心を抉る。私は何のために戦っている? 金のため? 違う。ノーラさまの遺志を継ぎ、あの子供たちを守ると誓ったからだ。エルム大陸に流れ着き、必死に仕事を探した。だが、額の角を見た雇い主たちは、誰も私を雇わなかった。この闇ギルドだけが、私の力を必要とした。私の居場所は、ここしかない・・・そう、思っていた。
マルが思い悩んでいると、突然、空気が変わった。重く、冷たく、まるで闇そのものが動いたような気配。マルの身体が本能的に反応し、背筋に冷や汗が伝う。視線の先に、黒いローブをまとった男が現れる。顔は見えない。両目を覆う包帯が、まるで蛇の鱗のように不気味に光る。
「ほう・・・鬼人族か」
男の声は低く、まるで地の底から響くようだった。彼の周囲に漂う黒いオーラは、マルの魔素を押し潰すような異質な雰囲気を帯びている。人間とは異なる、得体の知れない存在。マルは無意識に剣の柄に手をかけ、一歩下がる。フードを目深にかぶり、額の角を隠しているにもかかわらず、この男は一瞬で彼女の正体を見抜いた。
「・・・・・・誰? 」
マルの声は鋭く、警戒心を隠さない。男は微かに口角を上げ、包帯越しの視線でマルを貫く。
「アルトゥース王の使者とだけ言っておく。・・・おまえ、鬼人族の中でも、かなりの使い手とみた」
マルは唇を噛む。男から漏れ出る黒いオーラは、彼女を飲み込むように揺らめく。恐怖が心の奥で蠢くが、それを押し殺し、冷静に返す。
「なぜ、それがわかる?」
「ん?・・・ああ、色合いだ。種族によって異なる。無論、人によっても違いは出る」
男の言葉は穏やかだが、底知れぬ圧迫感がある。レグがマルを心配そうに見つめ、声を潜める。
「マル、こいつ・・・なんかヤバいぞ。気をつけろ」
マルは小さく頷き、男に目を戻す。
「何か、用?」
男は一瞬沈黙し、静かに言う。
「話がある。・・・こちらへ来い」
彼は顎で奥の小部屋を指す。マルはレグを一瞥し、警戒しながらも従う。レグが「気をつけろよ」と呟く声が背中に響く。
小部屋は薄暗く、湿気が重く漂っていた。松明の光が届かず、壁に刻まれた亀裂が闇に沈む。マルは入り口近くに立ち、黒いローブをまとった男と距離を保った。男の両目を覆う包帯は、蛇の鱗のように不気味に光り、黒いオーラが部屋を支配していた。
「鬼人族が、なぜこんな場所にいる?」
男の声は低く、まるで心の奥を探るように鋭い。マルはフードの下で目を細め、感情を押し殺して答えた。
「・・・・・・仕事のため」
短く、冷たく。余計な言葉は出さない。ノーラの子供たちを守るため、闇ギルドの汚れ仕事に手を染めてきた。それ以上の理由を、この男に明かす気はなかった。男は小さく笑う。獲物を値踏みするような声音だ。
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