建築技術の副産物
「問題は質だ。どのみち戦うなら、短時間で一気に勝負をつけるしかない。長引けば数で押し切られる。それに、僕らが持っているのはそれだけじゃない。地の利もある。そして、技術だ」
「技術? ガラスの製造技術ですか?」
「そうだね。鏡で光を反射させて信号として使うことで、戦場の細かな情報を瞬時に共有できる。それに、もう一つ大きなアドバンテージがある。シャンテ・ドレイユで培った土木建築技術だ」
「わかった! 砦を作ろうっていうんじゃろ?」
エルザとアルスの問答を聞いていたミラが、興奮気味に割り込んだ。
「砦は強力な防御陣地になるが、大軍相手だと囲まれて攻撃手段が限られる。シャンテ・ドレイユで培ったモジュール工法を使って、もっと攻撃的な防御陣地を作るつもりだよ」
「なんじゃ、それは?」
「あとでベルトルトが来たら詳しく説明するよ」
「なんじゃ、もったいぶるのう・・・・・・」
ミラが不満そうに腕を組むと、エルザがふと思いついたように口を開いた。
「アルスさま、鏡って通信手段以外にも使えそうですね・・・・・・」
エルザは呟き、思いついたアイデアを述べ始めた。彼女の提案を聞き終えたアルスとミラは、大きく頷いた。
「うん、それは使えるよ! 早速アントンたちに相談してみよう」
「使える物は何でも使う・・・か。フフフ、面白くなってきたの!」
数十万の軍を動かすには時間がかかる。密偵が掴んだ情報をリアルタイムで得られたことで、アルスたちには準備のための貴重な時間があった。生き残りと国の存亡をかけた戦いが、すぐそこまで迫っていた。
しばらくして、ノックの音が室内に響いた。勢いよくドアが開くと、アントンとベルトルトが姿を現す。
「アルスさま、お呼びですかい?」
アントンの作業服には木屑がこびりつき、ついさっきまで工房で汗を流していたことが窺える。一方、隣のベルトルトは対照的に丁寧にお辞儀をし、落ち着いた態度を見せる。
「忙しいところ、すまない。緊急事態なんだ」
アルスの言葉に、アントンが目を丸くする。
「緊急事態? 戦争でもあるっていうんですか?」
「その、まさかじゃ」
ミラがすかさず切り返すと、アントンは「えぇ!?」と驚きの声を上げた。アルスは苦笑いを浮かべ、話を進める。
「これは、機密事項だから口外しないで欲しい」
アントンとベルトルトは真剣な表情で何度も頷く。アルスは現状――帝国、誓いの騎士団、ハイデの三つの脅威が迫る危機――を簡潔に説明し、頭に描いていた戦略を披露した。
「——というわけで、ふたりには以前話してあった、例の物を作って欲しいんだ」
「そりゃ、作れっていうなら作りますが。ガラスのほうはどうしますか?」
「ガラスの生産は当面中止するしかない。とてもじゃないけど、そんな余裕はないよ」
アントンの問いに、アルスは重く首を振った。国家存亡の危機だ。時間との勝負が始まった今、他国の侵略に備えることが最優先だった。
「まぁ、そりゃそうか。いくつぐらい必要ですかね?」
「出来れば2000、最低でも1000は欲しい」
「2000!? そんなにですか?」
「相手は少なく見積もっても70万を超えると思う。平原に出る前に出来るだけ削るつもりだけど、平原に出られた場合の想定もしておかなきゃならない」
「ちょっと待て! ふたりとも、いったい何の話をしておるんじゃ?」
ミラの苛立った声が、アルスとアントンの会話を遮った。宰相として、アルスが自分に相談せず話を進めることに、ミラは苛立ちを隠せなかった。
「ごめんごめん。さっきの防御陣地の話をしてるんだ」
アルスは頭を掻き、平謝りする。横でエルザがその光景を面白がり、くすくす笑っている。ミラの視線が鋭さを増す中、ベルトルトが静かに図面を広げた。 そこには、六角形の簡素な構造物が描かれていた。入り口は一つ、人一人がようやく通れる狭さで、内部はL字型の通路で直進できない設計。壁には狭間が設けられ、外を監視できるようになっている。
「これは、なんじゃ?」
ミラが怪訝な顔で図面を覗き込む。
「これが、アルスさまが提案された防御陣地です」
ベルトルトが落ち着いて答えるが、ミラは納得いかない様子で図面を睨む。
「こんなんで陣地として機能するのか? 攻め込まれたら逃げ場すらないぞ?」
確かに、従来の砦と比べれば高さもなく、収容人数は20人程度。単体では脆弱に見えた。
「堡塁っていうんだよ。これを単基で使用したら、ミラの言う通りすぐに落とされるだろうね。だから、数を用意するんだ」
アルスが穏やかに説明する。
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