戦術の鉄則
「エルザ、帝国との戦いでもっとも避けなければならないことはなんだと思う?」
アルスの突然の問いに、エルザは即座に答えた。
「それは、平原で戦うことだと思います」
「理由はなにかな?」
「これは戦術の鉄則ですが・・・」
エルザは前置きし、冷静に説明を続けた。
「大軍を相手にする場合、少数の軍は大軍が自由に動けない場所で戦う必要があります。平原のような開けた場所では、数の暴力に簡単に押し潰されてしまいます。それに、もう一つの理由は重装騎兵の存在です」
「そうじゃな。帝国は製鉄に加えて馬の産地としても有名じゃからな。帝国の重装騎兵団は大陸最強と言われるのも納得じゃ」
エルザの言葉に、ミラが勢いよく割り込んだ。アルスはミラの戦略眼と知識に感心しつつ、大きく頷いた。
「当然、敵もそれはわかっている。だから、平原に進出させない。あるいは、平原に出る前に徹底的に叩く必要がある」
「それはそうですけど、北のロアールと西のハイデから挟撃されれば防ぎようがないですよ?」
エルザの指摘は、アシュの報告を踏まえると的を射ていた。ハイデは一枚岩ではないが、過激派が権力を握る現在の政治体制では、他国の軍の通行を許可するどころか、協力すらしかねない。ロアールとの国境を押さえるだけでは、楽観的な見通しは立てられそうになかった。
「そのために、ソフィアにヘルセとの交渉を任せたんだ」
「ソフィアさんに頼んだのは、ゴドアとのガラスの交易路を確保するためだったのではないんです?」
「交易路は表向きだよ。それだけなら、それほど苦労はしなかったんだ」
「他に何か頼んでたんですか?」
アルスは地図を指差し、ゴドアからファニキアへと指を滑らせた。
「三大ギルド、もしくは他国が東三日月経済圏を潰そうとした場合、もっとも注目するのはこのラインだと思う」
「ゴドアからファニキアへの道ということかの?」
ミラが思案顔で地図を覗き込む。エルザはその思考をさらに一歩進め、口を開いた。
「つまり、ゴドアとファニキアの連携を断ち切ることが最大の効果を上げるってことですか?」
「正解! シャンテ・ドレイユが経済特区として存在する限り、ガラスの生産を含め、ファニキアは中心的役割を果たす。でも、ゴドアという大国の後ろ盾がなければ、経済力も影響力も微々たるものなんだ」
「ファニキアガラスの製造や売り上げも、ゴドアの支援があってこそのものじゃからな。東三日月経済圏を技術面で支えるのは我が国でも、ゴドアなくして成り立たん」
ミラはシャンテ・ドレイユを経済特区として立ち上げた功労者だ。その強みも弱みも熟知している。ゴドアの追加支援がなければ、建設費の不足を補えなかったことも大きかった。
「だからこそ、ヘルセのガイウス王に、ゴドアとファニキアの軍の進軍路としてヘルセ国内の通過許可を取り付ける必要があった。それもあって、相当渋られたんだけどね」
「なるほど。それじゃソフィアさんが苦労してたわけですね」
エルザが思わず苦笑する。
「ハッ! 向こうから戦を仕掛けて来たんじゃ。グチグチ言うようなら、領土の割譲を要求しても良かったぐらいじゃがな!」
ミラの強気な発言は、いつものように周囲を鼓舞する彼女らしい振る舞いである。だが、アルスは内心、ミラが交渉に立っていたら決裂していたのではないかと苦笑した。
「いずれにせよ、ロアールから進軍してくる帝国軍にはゴドアの力を借りたいところだね」
「ルンデルやローレンツにも援軍は、要請したいですね」
エルザの語尾が弱まっていく。アルスも頷きつつ苦笑した。
「そうだね。ヘルセとの戦いで疲弊してるだろうから、かなり厳しい気もするけど・・・」
「ふむ・・・・・・。北はそれでいいとして、西側はどうするんじゃ?」
ミラの思考はすでに西のハイデに向いていたが、アルスが話を引き戻した。
「待ってくれ。いくらなんでも、ゴドア頼みで何とかなるとは思ってない。僕は過去、ルンデルのコーネリアス大将軍と戦ったことがある。防衛戦で負けなしと言われた彼は、地形、季節、時間、人間関係――全てを活用していた。僕もそれに倣おうと思う」
「具体的にはどうするんじゃ?」
「僕らが持っていて、敵にはないもの。まず一つは兵士の質だ。職業兵士として日々訓練されている」
「それはそうですが、常備軍として動かせるのは7万程度。徴兵しても15万がいいところです。70万以上の敵を相手にするには、それだけでは心許ないというか・・・・・・」
エルザが不安げに反論する。
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