ミラの怒り
「その依頼主というのは、ファニキア王家の紋章で封蝋された書簡にファニキア国王のサインで、ガーネット教に運び込まれるはずのガラスの破壊を命じていたんだ。つまり、犯人は僕だったんだ」
ミラの言葉を継いで、アルス本人が説明をする。
「は?いや、待てよ。おまえが、そんなことするわけないだろ?」
フランツの突っ込みにミラが激高してテーブルを叩いた。
「当然じゃ!そんなバカなことをする国王がどこにおる!?」
「ミラさま・・・」
ミラの尋常でない怒り方に、ニナが不安の表情を浮かべる。
「儂はな、悔しいんじゃ。ソフィアやニナ、ベルトルト、アントン、ガムリングを始め、必死で皆が築き上げてきたものを、奴らは卑怯な手でぶち壊そうとしてるんじゃ!」
テーブルを叩いたミラの手が微かに震えていた。パトスがコーヒーを片手に、状況の整理を始める。
「つまり、こういうことですか。先日の闇ギルドによるファニキアガラスの襲撃、それに続く各地のガーネット教会焼き討ち事件を何者かがアルスさまの名前を騙って闇ギルドに依頼していた。それは、我が国の経済的利益、加えて三大ギルドに対抗し得る東三日月経済圏を力づくで破壊しようとしてる」
パトスに続いて外交担当官であるソフィアが分析する。
ソフィアが冷静かつ鋭い口調で切り出した。
「それだけではありませんわ。敵が狙っているのは、ファニキアという国の信用を失墜させることも同時に企てています。ガーネット教とアルスさま、ミラさまに因縁があることは周知の事実ですわ。ですが、ファニキアガラスを売ることはあくまで経済活動の一環。そうすることで、国としての寛容さをアピールしてきました。ところが、アルスさまの名前で破壊を命じたとすれば、話は全く違ってきます。ファニキアガラスのブランド低下どころでは済みませんわ」
ミラがソフィアの言葉に頷き、鋭い視線をアルスに向けた。
「そうじゃろうな。だが、これがもし工作だと証明できれば、逆にこれを仕掛けた者たちの運命はそこで潰えるじゃろう。そうじゃな、アルス?」
会議室に重い沈黙が流れた。出席者全員の視線が、ファニキアの頭脳アルスに集まる。アルスは一瞬目を閉じ、思考を巡らせた後、静かに口を開いた。
「確かに、ミラの言う通りだね。ただし、工作を暴くにはどうしても時間がかかる。何もしていないわけじゃない。すでに調査は始めている。だけど——」
その言葉を遮るように、ドアが力強くノックされた。扉が開き、緊張した面持ちのアシュが姿を現す。アルスはアシュと目が合うと、軽く頷いた。
「アルスさま、各国に潜伏している密偵からの報告です」
アシュの言葉に、室内の空気が一気に張り詰める。すべての目が彼に注がれる中、アシュは冷静に報告を続けた。
「帝国内で、ガーネット教のイゴール・ドゥラスキン教皇がコンラッド大司教の要請に応え、50万の誓いの騎士団を派兵するようです。加えて、帝国のレオニード王太子が20万の軍を動かす準備を進めているとのことです」
「70万!?」
会議室がざわめきに包まれる。驚愕の声が響く中、アルスは冷静に言葉を続けた。
「どうやら、工作を暴いている時間はなさそうだね。相手は力づくで決着をつけるつもりらしい」
エルザが立ち上がり、声を震わせながらアシュに詰め寄った。
「待ってください! 誓いの騎士団が報復で動くのは仕方ないとしても、帝国軍まで加わるんですか!? 歴史上、そんな事例はほとんどなかったんですよ!?」
アシュは動じず、淡々と答えた。
「今まではな。今回はそうではなかった、ということだ」
「そんな・・・・・・」
エルザは力なく椅子に崩れ落ち、呆然と呟く。アシュはさらに言葉を重ねた。
「それともうひとつ、悪い知らせがあります」
「まだあんのかよ!?」
フランツが苛立ちを隠さず食って掛かる。アシュはフランツを無視し、報告を続けた。
「帝国の動きに呼応するように、ハイデ国内の軍の動きも活発化しています。まだ確証はありませんが、即応できるよう備えておく必要があるかと」
アルスはアシュの報告を聞きながら、頭の中で地図を広げていた。ロアールは帝国の庇護下にあり、帝国軍がファニキアに攻め込むならロアール経由が自然だ。しかし、ハイデの動きも無視できない。アルスは地形と敵の進路を精密に描きながら呟いた。
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