波紋
(どういうことだ?奴は、たかだか小国を掠め取ったぐらいで、帝国に盾突くというのか!?)
これが本物だとすれば・・・・・・この書簡は、ファニキアが教皇と帝国を同時に侮辱する証拠だ。
「アルトゥースめ・・・教皇を偽物と呼び、帝国の信仰を踏みにじるとは」
グレゴリーの声は、まるで夏の雷鳴のようだ。彼の胸には、若い頃の記憶が蘇る——レオニードの父に誓った忠誠、帝国の栄光を護る決意。ヴィタリーの失脚で揺らぐ派閥を団結させる好機が、ここにある。この書簡が本物であるかどうかなど、もはや些末なことだ。この好機を逃す手はない。
彼は参謀を呼び、命じた。
「レオニード殿下に報告せよ。ファニキアを討ち、帝国の名誉を取り戻す!」
参謀の足音が石の床に響く。グレゴリーは窓の外を見た。夏の平原が、戦の火を予感させるように揺らめく。
首都ヴェズドグラードのガーネット聖堂は、夏の陽光に輝くステンドグラスで満たされていた。入れたばかりのファニキア製のガラスが、神の光を色とりどりに映し、聖堂を聖なる輝きで包む。
だが、コンラッド大司教の執務室は、静かな緊張に満ちていた。木の机に置かれた羊皮紙は、夏の風に揺れ、青いインクが燭台の光に浮かぶ。ファニキア王家の封蝋が、神聖な空間に不穏な影を落としていた。コンラッドの皺だらけの手が、書簡を震えながら握る。
「ガーネット教会のガラスを破壊せよ。教皇の偽の権威を打ち砕き、ファニキアの経済を盤石にせよ。——アルトゥース・アルノー・ド・ラ・ファニキア」
コンラッドの目は、信仰の炎と恐怖の影で揺れている。ガーネット教会のガラスは、ファニキアのシャンテ・ドレイユで作られた高品質なステンドグラスだ。教皇庁が発注し、聖堂に神の光を映す象徴として設置された。聖遺物ではないが、信徒にとっては、神の恩寵を体現する神聖な存在だ。そのガラスを砕く命令は、教皇の権威への直接の挑戦であり、神への冒涜である。
彼の白い法衣が、夏の風に揺れる。心には、聖堂で神に捧げた誓いが蘇る——異端を許さず、信仰を護る決意。
「この男、アルトゥース・・・神の光を汚す気か。許されざる罪だ!」
コンラッドの声は、聖堂の静寂を切り裂く。彼は書簡を握り潰し、側近の司祭を召喚した。声は、抑えきれぬ憤怒に震える。
「騎士団を召集せよ! 50万の聖なる軍勢をファニキアに送る。アルトゥースの首を教皇の御前に差し出すのだ!」
司祭が急いで退出する中、コンラッドは祭壇に目を向けた。ステンドグラスの聖女が、夏の陽光に輝き、まるで警告するように彼を見下ろしている。だが、コンラッドの心は決まっていた。
(ファニキアは、聖なる炎で浄化されなければならん。されるべきなのだ・・・)
ファニキア製のステンドグラスが、色とりどりの光を放つ。だが、その美しさは、今や敵の象徴に変わっていた。
グレゴリーが手紙を受け取った翌々日。シュヴァルツブルク宮殿は、夏の喧騒に包まれていた。市場のざわめきが石壁を越え、謁見の間に響く。重厚な扉が開き、公爵が重い足取りで入室した。手に握られた羊皮紙——ファニキア王の偽造書簡が、夏の陽光に照らされ、青いインクが光を弾く。
グレゴリーが膝をつき、書簡を差し出す。声は、夏の暑さに震える。
「殿下、ファニキアの王アルトゥースの書簡です。ガーネット教会のガラスを破壊し、教皇の権威を貶めるとあります。帝国への挑戦です!」
書簡の中の文言には、コンラッドやグレゴリーが読んだ内容——ガーネット教会の権威を貶める旨の命が書かれていた。レオニードの唇が、わずかに歪む。
「なんだ、これは?アルトゥースが教皇を侮辱し、帝国を挑発するだと? グレゴリー、この書簡は本物か?」
「配下に確認させましたところ、筆跡と封蝋は、ファニキアのものに相違ありません。殿下、今ファニキアを討てば、民衆の支持を取り戻し、帝位継承を確固たるものにできます!」
レオニードは立ち上がり、窓辺に歩み寄った。夏の陽光が、ヴェズドグラードの市場を照らし、商人の叫び声と馬車の軋みが聞こえる。
ヴィタリー伯の失脚は、想定以上にレオニード皇太子を取り巻く貴族派閥に影響を及ぼしていた。教皇との関係構築も必要となる。レオニードは、書簡を手にグレゴリーに振り返った。
いつも拙書を読んで頂きありがとうございます。
☆、ブックマークして頂けたら喜びます。
今後とも何卒よろしくお願い申し上げます。




