ヒースルールの計画2
彼の声は次第に熱を帯び、額の汗が頬を伝わった。その一方で、貴族たちの視線が彼に突き刺さり、レオニード派の同僚さえ、微かに距離を取る気配を見せる。
アレクセイは一歩進み、穏やかだが毅然とした声で言った。
「ヴィタリー卿、黒狼団の襲撃は私の配下の交易を赤字に追い込み、民衆の生活を苦しめました。あなたの紋章が偶然山賊の手に渡った? 頭目の証言は、あなたがロアールの宿で金貨を渡した日時まで記しています。弁明はそれだけですか?」
アレクセイの言葉には、普段の優柔不断さはなく、民衆への想いが滲んでいる。ユーリは主君の背中を見つめ、心臓の鼓動を抑えきれなかった。
「そ、そんなものは、山賊のデタラメに決まってる。誰かが私を嵌めようとしてるんだ!」
「では、ロアールの宿にある宿帳に、卿の名前があるのは何故ですか?山賊の証言と同じ日時というのも偶然ですか?」
ヴィタリーは唇を噛み、視線を皇帝に戻した。
「陛下、ロアールでの取引は、帝国の利益のためでした! ゴドアの鉱物商との交渉で、関税を抑え、交易を活性化しようとしたのです。山賊など、私には無関係! これは・・・これはアレクセイ殿下を操る者たちの陰謀です! ユーベルタール北方商会が、帝国の経済を乱そうと・・・・・・!」
彼の声は叫びに変わり、しかしその弁明は空虚に響いた。商会の名を出すのは、絶望的な賭けである。貴族たちの間にざわめきが広がり、レオニード派の重臣が顔をしかめた。
皇帝は短剣を置き、ゆっくりと身を起こす。
「ヴィタリー、貴様の弁明は山賊の供述より薄っぺらい。ロアールでの取引が帝国のためだと? ならば、なぜその金が民衆に還元されず、山賊の手に渡ったのだ? 貴様の忠誠は、私やレオニードか、それとも別の者に捧げられているのか?」
ヴラディスラフの声は低く、同時に雷鳴のように謁見の間を震わせる。ヴィタリーは口を開いたが、言葉は喉に詰まり、ただ震えるだけだった。彼の目は、助けを求めてレオニード派の貴族たちを彷徨ったが、誰も視線を合わせなかった。
「ヴィタリー・スミルノフ、貴様は帝国の信頼を裏切った。伯爵の地位を剥奪し、領地を没収する。即刻、ヴェズドグラードを去り、帝国の地を踏むことを禁ずる」
ヴラディスラフの言葉は、鉄の槌のように落ちる。ヴィタリーは膝をつき、顔を床に押し付けた。
「陛下、お慈悲を・・・・・・! 私は・・・・・・!」
だが、衛兵が彼の腕を掴み、引きずるように謁見の間から連れ出していく。その背中は、かつての傲慢さを失い、ただ屈辱に塗れた影だった。
謁見の間は、凍りついた静寂に包まれる。レオニード派の貴族たちは、暗い影を顔に落とし、互いに囁き合うのを控えた。アレクセイは胸を押さえ、皇帝の裁定に安堵と不安が入り混じるのを感じた。ユーリは主君の背後に立ち、勝利の甘さに浸りながらも、ヒースルールの次の指示を待つ心のざわめきを抑えきれなかった。皇帝の目は
アレクセイに移り、微かな興味が再び光る。
「アレクセイ、貴様の交易を再建せよ。帝国は民衆の安定を必要としている」
その言葉は、冷たくも、重い信頼を帯びていた。
宮廷の外では、ノルドハーフェンの霧がさらに深くなっている。報告を聞いたヒースルールは商会の窓辺に立ち、遠くの海を眺めながら微笑んだ。ヴィタリーの失脚は、レオニード派に暗い影を落とし、アレクセイの地位を高めた。だが、これは始まりに過ぎない。教皇とレオニードの結託を断ち切り、帝国を商会の手中に収めるために、次の駒を動かす時が来ていた。
その年の冬、凍てつく風が大地を容赦なく吹き抜けるなか、マルムートと帝国の血塗られた戦争は、ついに終結の時を迎えた。マルムートはその不屈の精神と戦力で、帝国の支配下にあったバ・ローズ州とグランデ州の二州を、ガーネット教団の鉄の掴から解き放ち、「誓いの騎士団」から奪還することに成功したのだ。
突然の猛攻に晒された「誓いの騎士団」は、まるで嵐に翻弄される枯葉のように成す術もなく蹴散らされ、帝国領の奥深くへと敗走を余儀なくされる。この勝利の裏には、被支配地域で息を潜めていたレジスタンスの者たちが、影から糸を引くようにしてマルムートを支えた功績が大きかった。
しかし、マルムートの栄光はあまりにも短く、驕りが彼らを過ちへと導く。
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