ヒースルールの計画
ユーリは迷った。レオニード派に刃を向けるのは危険だったが、成功すればアレクセイの信頼を得て、将来の皇帝の側近への道が開けるかもしれない。ヒースルールは、そんなユーリの思惑を透かすように、さらに畳み掛けた。
「商会は傭兵を提供し、黒狼団を討伐します。あなたの交易路が安全になれば、ロマノフ家再興も遠い未来ではありません」
「・・・・・・なぜ、私に協力するのだ?」
「以前にも申し上げましたが、私はあなたの信頼を得たいだけです」
「得て・・・どうする?」
ヒースルールは微笑を浮かべたまま答えた。
「我々はあくまで商人です。あなたを通して、この国で我々の商売がやりやすくなるように取り計らって欲しいのです。そのための投資と思ってください」
「なるほど・・・・・・」
ユーリの猜疑心は揺らぎ、野心がそれを押し潰す。彼は証拠を受け取り、ヴェズドグラードの宮廷へ向かうことになるのだった。
ヴェズドグラードの宮廷は、冬の陽光に冷たく輝く。大理石の柱が連なる謁見の間は、まるで氷の神殿のようだ。金と深紅の幕が壁を飾り、床にはガーネット教の聖紋が象嵌されていた。その中央に、皇帝ヴラディスラフ・ダリ・ロゴス・ザルツの玉座がそびえる。
黒檀と象牙でできた玉座は、帝国の威厳を体現し、その上に座る皇帝は、まるで神の代行者のように君臨していた。年老いたヴラディスラフの白髪は銀の冠に輝き、深く刻まれた皺の顔は、喜怒哀楽を超越した無表情を湛えている。しかし、彼の目は冷たく、まるで凍てつく湖の底を覗くようだった。その奥に、微かな興味の光が揺らめいている。
第二皇子アレクセイ・ヴラディス・ザルツは、玉座の前に進み出る。穏やかな顔立ちの皇子は、普段の柔和さを抑え、緊張に唇を固く結んでいた。彼の背後には、側近のユーリが控える。
ユーリの目は証拠の束——ヴォルガ山脈の黒狼団から押収したヴィタリーの紋章入り短剣と、山賊の頭目の証言を記した羊皮紙——に釘付けだった。ロマノフ家の借金と野心に縛られた男は、この瞬間が自分の運命を決めることを知っている。宮廷の貴族たちは、囁き合いながらアレクセイを見つめた。レオニード派の重鎮たちは、冷笑を浮かべ、第二皇子の大胆な行動を嘲るかのようである。
アレクセイは深く息を吸い、声を張り上げた。
「父上、皇帝陛下! レオニード派の伯爵ヴィタリー・スミルノフが、帝国の経済を損なう裏切りを犯しております。ヴォルガ山脈の黒狼団を操り、わが毛皮と琥珀の交易路を襲撃させ、帝国の利益を貪りました。これが証です!」
彼の手が差し出した証拠は、侍従によって玉座の前に運ばれる。短剣の刃には、ヴィタリー家の狼と剣の紋章が鮮やかに刻まれていた。書類には、山賊の頭目がヴィタリーから金貨と武器を受け取ったと語る詳細な供述が、黒々としたインクで記されている。
皇帝の目は、証拠にゆっくりと落ちた。貴族たちの囁きが止み、謁見の間は息を呑む静寂に包まれる。ヴラディスラフは低く、しかし響く声で命じた。
「ヴィタリー・スミルノフを召喚せよ」
扉が重々しく開き、伯爵ヴィタリー・スミルノフが謁見の間に引き立てられた。彼は五十歳を過ぎた壮年の貴族で、レオニード派の重臣として知られている。灰色の髪は整然と撫でつけられ、深紅のマントには銀の刺繍が輝いていたが、その顔は普段の傲慢さを失い、微かに引きつっていた。ヴィタリーは玉座の前に跪き、額に汗を滲ませながら頭を下げる。
「陛下、忠誠を捧げます。いかなる罪状か、明かしていただけますか?」
彼の声は落ち着きを装っていたが、わずかな震えが隠せなかった。
皇帝は短剣を手に取り、紋章をじっと見つめる。
「ヴィタリー、この短剣は貴家の紋章を帯びている。黒狼団の隠れ家から発見されたという。山賊の頭目は、貴様から金と武器を受け取ったと供述している。交易路を襲い、帝国の財を損なった罪をどう弁明する?」
ヴラディスラフの声は氷のように冷たく、しかしその底には、ヴィタリーの反応を試す好奇心が潜んでいる。
ヴィタリーは顔を上げ、必死に言葉を紡いだ。
「陛下、それは濡れ衣にございます! わが紋章の短剣など、盗まれたものか、偽造されたものでしょう。山賊の供述? そやつらは金さえ握らせれば、どんな嘘でも吐く輩です! 私はレオニード殿下に忠誠を誓い、帝国のために尽くしてまいりました。アレクセイ殿下の交易が襲われたのは遺憾ですが、私が関与するなどありえません!」
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