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 時はヘルセとルンデルの戦が終わった頃に遡る。


 ノルドハーフェンの港は、冬の到来を告げる冷たい霧に包まれていた。灰色の海は静かにうねり、波が古びた桟橋を叩く音だけが、凍てつく空気の中を響いている。港を見下ろす丘の上に、ユーベルタール北方商会の支部がそびえる。黒檀と鉄でできたその建物は、まるで帝国の権力を嘲笑うかのように堂々としていた。


 ヘルセでの役割を終えたヒースルールは、窓辺に立ち、霧の向こうに揺れる船影を眺める。彼の目は鋭く、氷のように冷たく、しかしその奥には燃えるような野心が宿っていた。ザルツ帝国を、否、大陸そのものを手中に収めるために、彼はここにやって来ている。


 ヒースルールはヘルセ王国での成功を足がかりに、商会の役員に昇進した。だが、彼の心は満足していなかった。経済の支配は手段に過ぎず、真の目的は大陸そのものを操ることである。


 ザルツ帝国は、皇帝ヴラディスラフ・ダリ・ロゴス・ザルツとガーネット教の教皇が権力を二分し、互いに牽制し合う不安定な均衡の上に成り立っていた。第一皇子レオニード・ダリ・ザルツは教皇と結託し、軍事貴族の支持を得て帝位を狙っている。


 一方、第二皇子アレクセイ・ヴラディス・ザルツは民衆の福祉を理想とし、穏やかだが優柔不断な若者だ。ヒースルールはアレクセイに目を付ける。彼の純粋な理想は、操るには最適な素材だった。



 ヒースルールが最初に狙ったのは、アレクセイの側近、ユーリ・ヴィクトロヴィチ・ロマノフである。ユーリは名門ロマノフ家の分家出身の中級貴族で、宮廷の財務官僚として毛皮と琥珀の交易を管理していた。


 かつて栄華を誇ったロマノフ家は、ユーリの父の事業失敗で没落し、彼の肩には借金の重荷と家名復興の野心がのしかかっている。ノルドハーフェンの港からヴォルガ山脈を越え、首都ヴェズドグラードへと続く交易路は、ユーリの夢の舞台だったが、山賊団「黒狼団」の襲撃に悩まされていた。護衛傭兵を雇う資金はなく、交易は赤字に喘ぎ、ユーリの心は焦燥に苛まれている。


 ある晩、ノルドハーフェンの商会支部で、ヒースルールはユーリを招いた。暖炉の炎が部屋を赤く染め、琥珀色の葡萄酒が銀の杯に注がれる中、ヒースルールは微笑を浮かべる。


「ユーリ・ロマノフさま、交易の苦境は耳にしております。黒狼団の蛮行、資金の不足、ロアールの高関税・・・・・・・。しかし、ユーベルタール北方商会は解決の鍵を握っています」


 彼の声は滑らかで、まるで絹の布が肌を撫でるようだ。ユーリは杯を握る手に力を込め、猜疑の目を隠せなかった。


「商会の支援には、代償がつきものだ。何を望む?」


 ヒースルールは笑みを深め、答えた。


「信頼です、ロマノフさま。あなたの成功が、我々の成功となるのです」


 ヒースルールはユーリの弱みを見抜いていた。借金に縛られ、野心に燃える男は、救いの手を差し伸べられれば必ずそれにすがるものだ。商会の情報網は、ヴォルガ山脈の黒狼団が単なる盗賊ではないことを突き止めていた。


 レオニード派の伯爵ヴィタリー・スミルノフが、裏で黒狼団に資金と武器を提供し、アレクセイの交易を妨害していたのだ。ヴィタリー伯爵の狙いは、アレクセイの財政を弱らせ、レオニードの帝位継承を有利にすることだった。


 ヒースルールは密偵を使い、黒狼団の隠れ家からヴィタリーの紋章が刻まれた短剣を入手。さらに、商会が捕らえた山賊の頭目から、ヴィタリーとの取引の証言を得た。これらは偽造ではなく、商会の緻密な調査による本物の証拠である。ヒースルールはユーリを再び支部に招き、暖炉の前で証拠を広げた。


「ロマノフさま、黒狼団の背後にレオニード派がいます。伯爵ヴィタリー・スミルノフが、あなたの交易を潰そうとしているのです。これを第二皇子に報告すれば、あなたの名は宮廷に轟きます」


「そんな、レオニードさまが・・・・・・。いや、しかし・・・・・・」


「あなたがこのことを告発しようがしまいが、被害は実際に起きています。それを示す証拠もあるのです。もし、あなたが告発しなければ、この状況が続くことを黙認することになります。それでもよろしいので?」


 ユーリの目は証拠に釘付けだった。短剣の紋章はヴィタリーのものと一致し、山賊の証言は詳細で揺るぎない。


いつも拙書を読んで頂きありがとうございます。


☆、ブックマークして頂けたら喜びます。


今後とも何卒よろしくお願い申し上げます。

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