アジト、急襲
「マルお姉ちゃん、お帰り!」
ドアを開けると、かび臭い匂いが漂って来た。粗末なテーブルとイス、それにベッドがあるだけの殺風景な部屋。角を生やした三人の小さな子供たちが、マルの周りに纏わりつく。
「ん、ただいま」
普段は無表情なマルの顔が、この瞬間だけわずかに緩んだ。子供たちの笑顔を見ながら、窓を開けて少し空気を入れる。
「良い子にしてた?」
「私たち良い子にしてたよ!ねっ?」
年長の少女がさらに幼い二人に同意を求めると、彼女たちはこくこくと大げさに頷いた。
「そっか。じゃあ、これ、おみやげ」
マルは抱えてた袋から、焼き立てのパンとジャムの瓶詰、それに紙に包まれた串焼きをテーブルの上に広げる。パンの香ばしい香りと串焼きの香りが部屋中に広がり、子供たちから歓喜の声が上がった。子供たちが昼食を食べ終わるのをベッドの端に座って見届けた後、マルはおもむろに立ち上がる。
「もう、行っちゃうの?」
「うん」
一番下の子が、マルの返事を聞いて少し不服そうな表情を浮かべる。マルは小さく笑った。
「今度はもっと良いおみやげ持ってくるよ」
「私、甘いの食べたい!」
「私も!」
「約束する」
マルは笑って頷くと、扉を開ける。手をこまねいて、姉にお金を渡すと彼女は耳打ちした。
「今度は少し長くなると思う。買い物するときは、絶対にフードを忘れずに。それ以外の外出は控えてね」
姉は何度もマルの言葉に頷くのだった。
フードを目深にかぶり、マルは束の間の休息を終え、闇ギルドのアジトである集会所へ向かった。場所は頻繁に変わる。手渡されたメモを頼りに街外れの古びた建物に辿り着くと、すでに40人以上のメンバーが集まっていた。
「来たか」
マルが声の主を見上げると、隣にレグが立っていた。
「なんで、こんなに多いの?」
「警備が強化されたからな。今回は支部単位で動くんだとよ」
マルが周囲を見回すと、明らかに一般人とは異なる雰囲気の者たちが集まっていた。前回の少数精鋭ほどではないが、それぞれが一癖ある手練れだ。レグがぼやく。
「これだけ大人数だと、俺が隊長ってわけでもない。前回みたいな勝手な行動はするなよ」
マルが、レグの言葉に返事をせず黙っているので、さらに続けようか悩んでいると壇上から説明が始まった。
「この状況を見ればわかると思うが、残念ながらファニキアの警戒レベルが上がった。先日までの小規模チームでの襲撃は難しくなった。つまり、リスクが上がったというわけだ」
支部隊長の声に、会場がざわめく。
「依頼主の要望は引き続きガラスの破壊だ。余裕がありゃ、何枚かくすねたいところだが、恐らくそんな余裕は無い。商隊の護衛の強化だけじゃない、ファニキアも総力を挙げて警備体制を強化してくるだろう。もちろんリスクはある。だが、今回の依頼主は気前が良い。その分、報酬も破格だ」
聞いていたメンバーからは、さまざまな反応があった。
「ファニキア国内じゃなきゃダメなのか?国外でやっても同じだろ?」
「依頼主は誰だ?なんで、ガラスにこだわる?」
「どこの輸送隊を襲ってもいいのか?」
「報酬はどれぐらいなんだ?」
さまざまな反応があったが、マルの耳に入って来た声は概ねこの四つだ。支部隊長は、それらの質問にひとつひとつ答えていった。
「依頼主は、ファニキア国内の某高貴なお方とだけ言っておこう。それから、今回の襲撃もファニキア国内でやって欲しいとの依頼だ。理由は分からん。ガラスの商隊は、前回同様に指定がある。適当に襲うなよ?」
「ややこしい依頼だな」
隣でレグがぼやく。
「おっと、それから報酬の件だが。驚け、報酬はいつもの十倍だ!成功すれば、さらに五割増しとなる」
歓声と驚きの声が上がる。マルにとって依頼の内容は二の次だったが、報酬の多さは子供たちのためにありがたかった。
「それから、具体的な任務の内容は——」
そこまで支部隊長が言いかけた時である。建物全体に亀裂が入ったかと思うと、入り口付近のドアから屋根部分がメリメリと音を立てて吹き飛んだ。暴風のようなオーラがドアの外に渦巻いているのを、その場にいる全員が感じ取っていた。壇上から大声で指示が飛ぶ。
「チッ、嗅ぎつけられたかっ。いいか、おまえら!一週間後に本部だ、生き残れ!」
指示と共に、その場にいたメンバーはそれぞれ武器を手に逃走を図る。既に瓦礫と化した建物の壁を越えて飛び出た数人から、悲鳴が上がった。
「また、例の化け物か!?」
レグの問いにマルは首を振って否定する。先日の男とは異質のオーラ。
いつも拙書を読んで頂きありがとうございます。
☆、ブックマークして頂けたら喜びます。
今後とも何卒よろしくお願い申し上げます。