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少女の実力

 アルスはヴェルナーの生真面目な説明に苦笑しつつ、別の感想を漏らした。ヴェルナーの話によると、その日はアイネも同行していた。先行していたアイネは、襲撃の現場をいち早く発見したという。ガラスの商隊は、襲撃情報を受け護衛を40人に増員していた。だが、アイネの目に映ったのは、40人もの護衛を擁する商隊に、わずか7人の集団が襲い掛かる光景だった。


 本来なら、アイネは後方のヴェルナーに状況を報告すべきだった。しかし、敵の少人数を見て、彼女は即座に加勢を決断。指をくわえて見ていれば被害が拡大すると判断したのだ。数的優位を考えれば、アイネの選択は合理的だった。だが、それは「相手が常識的な戦力である」という前提に立った判断である。その前提が、彼女の誤算だった。その点、誰もアイネの決断を責めることはできない。なぜなら、彼女の判断を狂わせたのは、先頭を走っていた小柄な少女だったからだ。


 フードを目深にかぶり、背中から取り出した二本のショートソードを軽やかに握る少女。護衛が放った数本の矢が彼女に襲い掛かる。だが、次の瞬間、アイネの視界から少女の姿が消えた。そして、矢を放った護衛たちの背後に、少女は音もなく現れていた。


「は・・・・・・?」


 アイネが思わずつぶやいた瞬間、護衛たちは次々と倒れていった。少女の動きはあまりに速く、アイネの目でさえ追いつけない。瞬く間に護衛のほとんどが彼女一人によって壊滅し、アイネが到着した時には商隊は壊滅寸前だった。


「加勢する! 荷車を背に半円陣!」


 アイネの号令に、護衛たちは一瞬安堵の表情を浮かべた。彼女の部隊が円陣を形成すると、残存する護衛もそれに加わる。アイネは他の襲撃者と剣を交えながら、周囲を鋭く警戒した。


(あの少女・・・どこに・・・?)


 剣を振るう手は止まらない。元コーネリアス大将軍の護衛剣士だったアイネの剣技は、ヴェルナーの下でさらに磨かれていた。襲撃者の剣筋を正確に捉え、踏み込みの瞬間に剣先を弾き、カウンターを叩き込む。十合も交わす頃には、相手の動きをほぼ抑え込んでいた。少人数ながら一人一人が手練れだったが、アイネの敵ではなかった。


「マル! 女を狙え!」


 アイネが一人の襲撃者を仕留めた直後、男の叫び声が響いた。


 円陣の内側から、別の襲撃者が飛び込んでくる。ほぼ同時に、アイネの視界の端で、円陣の一角を担っていた兵士の太ももが切り裂かれ、崩れ落ちるのが見えた。


(速い!)


 襲い来るのは、先ほどの小柄な少女だった。彼女の重心は異常に低く、まるで地を這う蛇のような動き。アイネの背筋に冷や汗が走る。少女のショートソードが月の光を反射し、地の底から浮かび上がるように襲い掛かる。アイネは無意識に剣を振り下ろし、首筋を狙ったもう一本の剣を弾いた。


ギィィィン!


  無機質な金属音が夜の闇に響く。よろめきながら二歩下がると、全身が滝のような汗にまみれていることに気づく。


(一瞬遅かったら……死んでいた!)


 少女はすでに次の攻撃態勢に移っている。アイネは剣を胸の前に構え直し、魔素を全身に巡らせ、重心を落とした。少女の体がグッと沈み、フッと消える。


(下!)


 予測よりさらに低い、地面すれすれの異常な加速。少女は一瞬でアイネの足元に迫る。アイネは魔素を身体強化に全振りし、横に飛びながら剣先から衝撃波を放った。轟音と共に地面が抉れ、月明かりに砂埃がキラキラと舞う。


(牽制にもならないの・・・・・・!?)

 

 少女の姿はない。視線を泳がせた瞬間、中空に少女の姿を捉えた。チャンス! 空中なら逃げ場はない! アイネは全オーラを剣先に集中させ、斬撃を放つ。凝縮されたオーラが虚空を切り裂き、少女に迫る。その瞬間、少女の口角がわずかに上がったように見えた。


 次の動きは、アイネの理解を超えていた。少女は空中を蹴り、横に跳ぶ。着地と同時に地面を蹴り、一瞬でアイネの眼前に迫る。その動きはあまりに速く、アイネの思考を一瞬奪い、次の行動を遅らせた。


(しまった!)


「副隊長!」


 心の中で叫んだ瞬間、アイネと少女の視界に兵士が飛び込んできた。


「やめ——!」


 アイネの叫びは轟音にかき消され、兵士とともに荷車へと吹き飛ばされた。ガラスが一斉に砕ける甲高い音が夜の闇に響く。荷車に頭を打ちつけ、意識がぼやける中、アイネは必死に立ち上がった。目の前で飛び出した兵士は、すでに息絶えていた。ズキッとした痛みを感じ、左腕を確認する。かすったのだろう、袖が破れ左腕から出血していた。


「「「副隊長を守れ!」」」


 兵士たちがアイネの前に壁を作る。だが、少女は何かを感じ取ったように周囲を見回し、鋭い視線を走らせた。


「全隊、伏せろ!」


 荷車の背後から聞き慣れた声が響く。アイネが全幅の信頼を寄せるヴェルナーの声だ。荷車から飛び出した彼は、双剣を構え、左右同時に衝撃波を放つ。眩い光が闇を切り裂き、兵士たちが目を覆うほどの輝きと轟音が辺りを支配した。護衛たちが苦戦した襲撃者の半数が、ヴェルナーの衝撃波に巻き込まれ、塵と化す。


いつも拙書を読んで頂きありがとうございます。


☆、ブックマークして頂けたら喜びます。


今後とも何卒よろしくお願い申し上げます。

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