お披露目3
貴族の夫人たちは、鏡に映る自らの姿に心を奪われ、まるで時間が止まったかのように見つめ合い「この鏡は美そのもの、ファニキアの至宝よ!」と口々に称賛し、会場は華やかなざわめきと熱狂で包まれる。
教会の聖職者たちは、ステンドグラスが織りなす光の芸術に目を奪われ「これこそ神の光を宿す聖なる窓」と絶賛し、数年先まで予約が埋まるほどの人気は、ファニキアガラスの名を大陸中に轟かせる予兆となった。
ニナは興奮を抑えきれぬ様子でアルスに報告し、その声には都市の未来への確信が宿っていた。
「ガラスの売上は予想を遥かに超えてます。鏡と香水瓶は貴族たち、ガラス器やコップは商人たちの間でも評判です。ステンドグラスは教会からの需要が止まらず、模倣品対策の刻印も効果を上げ、ファニキアガラスの名声は揺るぎないものになっています!」
ミラはニナの言葉に深く頷き、鋭い眼光で遠い未来を見据えた。
「この評判がザルツ帝国やマルムートにまで広がれば、シャンテ・ドレイユは大陸交易の中心となり、ファニキアガラスは大陸の象徴となる日も近いじゃろうな。市場の熱狂は、まさに我々の狙い通りじゃ」
アルスは、しかし、わずかに眉を寄せ、慎重な口調でふたりに語りかけた。
「確かに、ガラスの価値は驚くほど高騰しているんだけど・・・。王侯貴族や大商人しか手が出せない価格だからね。極端に市場が狭いだろうから、生産を増やす準備を怠らないように、気を引き締めないといけないな」
ニナは軽く笑みを浮かべ、アルスの言葉を補足した。
「かつての鏡や器は手頃だったのに、今や王侯貴族の贅沢品ですからね。市場は狭いかもしれませんが、この熱狂を逃さず、ファニキアガラスの名をさらに高めましょう」
アルスとミラはニナの言葉に力強く頷く。三人の視線はシャンテ・ドレイユの輝く未来に重なり、都市の繁栄を確信する絆を深めた。
ニナはふと資料を手に取り、嬉しそうな笑みを浮かべてアルスに報告を続ける。
「そういえば、アルスさま、シャンテ・ドレイユの年間収支の推定が出ています!闘技場、歌劇場、両替所、宿泊施設の売上が172億ディナーリ、そこに土地賃貸、通行税、運河使用料を加え、経費を差し引いて115億ディナーリが国庫に入ります!」
アルスは目を丸くし、驚愕の声を上げた。
「え!? 都市一つで国家予算並みの収入になるの!? これほどの規模とは・・・。我ながら想像を遥かに超えているな・・・」
ミラも資料を覗き込み、感嘆の息を漏らした。
「民間を含めた都市全体の経済は、約292億ディナーリに上るんじゃな。この繁栄は、商会が集まり、人と物と金が動き、雇用と人口を増やす。ファニキアの国力は、この都市で間違いなく飛躍するの」
アルスは頭を掻きながら、慎重に言葉を選び、未来への決意を口にした。
「確かに、商会が集まれば経済は潤い、都市はさらに栄えるだろうね。だけど、三大ギルドがこのまま黙ってこの状況を見過ごしてくれるとは思えない・・・・・・」
「何か仕掛けてくる可能性は、おおいにありそうじゃな」
ミラはアルスの疑問に答えながら、ソフィアが受けたロアールでの襲撃事件を思い出していた。アルスはミラの深刻な表情を見て、頭を搔いた。せっかくのお祝いムードに、水を差すようなことを言ってしまうのは、自身の悪い癖かもしれない。
「まぁ、今は考えてもしょうがないね。取り敢えず成功を祈るとしよう」
アルスは苦笑いをして誤魔化すことにしたのだった。
一方、シャンテ・ドレイユの壮麗な歌劇場では、ファニキアの外交を担う天才少女ソフィアが心から愛する『氷の指輪と少女』が上演された。ガラス装飾が織りなす光のハーモニーが物語の感動を一層深め、観客の魂を優しく揺さぶる。
ソフィアは最前列で目を輝かせ、物語の美しさに心を奪われた。
「この物語の純粋な輝き、何度観ても魂を震わせる至高の芸術ですわ!」と興奮を抑えきれずに呟き、その声は周囲に静かな感動を広げる。
式典の飲食ブースでは、コレットとディーナが心を込めて作り上げたスイーツが、賓客たちの舌と心を魅了し、シャンテ・ドレイユの美食文化を華やかに彩る。
コレットの新作ケーキは、ふわっとしたスポンジに果実の酸味が溶け合う絶妙なハーモニーを奏でる。ガルダとジュリはその甘美な味わいに目を輝かせ、まるで子供のようにはしゃぎながら群がった。
スイーツは賓客たちの心をしっかりと掴み、自由交易都市シャンテ・ドレイユの名を大陸中に轟かせる一助となり、式典は華やかな成功のうちに幕を閉じる。
こうして、シャンテ・ドレイユは、ファニキアガラスの神秘的な輝き、壮麗な歌劇場の物語、活気溢れる闘技場の熱狂、運河を往来する商船の賑わい、そして賓客を魅了する美食によって、自由交易都市としての栄光の第一歩を刻み、ファニキアの野望と繁栄を象徴する新たな幕開けを高らかに宣言したのだった。
第五部完
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