カイカランガ
「それについては、私が詳しい。私から説明をしよう」
今まで黙っていたジュリがパトスに代わる。
「方法は簡単だ、魔素が枯渇するまで使う。通常であれば気を失うだけなのだが、我々の術式を施せば容量は限界を超えて大きくなる。これを七日七晩行う。ただし、我々のような魔素に適正の高い種族でも身体に相当な負荷がかかる。これを魔素の容量が低い人種族が行えば暴走するか、命の危険が伴うかもしれない」
ジュリの話を聞いた部隊長全員が絶句した。魔素が枯渇するまで使うというのは、例えるなら気絶するまで走るようなものである。これだけでも相当の苦行であり苦痛を伴う。それを七日七晩行わなければならない。
しかも、それを乗り越えたとしても、暴走するか命を失う危険性があるというのだ。それを聞いて、希望を持つ者など誰もいない。
「それって、やっぱりダメなんではないでしょうか?」マリアが不安そうに呟く。
「私もそう思っていたのだが、先ほどアルスさまと話をしていて光明を見出した。アルスさまが開発した魔素を結晶化して水として飲めるのであれば、ほとんどリスクを負わずに限界を突破出来ると思う。ただし、被術者の負担は軽く出来ても術者には負担が大きい。出来て十人が限界といったところだ」
これを聞いて全員が息を飲んだ。まさかこんな事で各国に数えるほどもいないと言われる英雄クラスと魔素量で並べるとは思ってもいなかったからである。
「アルス!俺はやるぞ!」フランツが叫んだ。
「リスクはほぼ無いとはいえ、かなりキツイが大丈夫か?」
「強くなれるチャンスがあるならやるさ!ここにいる奴らはみんなそのはずだ」
それを聞いて部隊長全員が頷き、口々に賛同した。アルスは彼らの気持ちが固まっていることを確認すると、チームを二つに分けることにした。領内は安定してきたとはいえ、彼ら全員が役割を負っている。
全員を一度に術式に参加させるわけにもいかない。それにジュリやパトスの負担が重くなるのを避けるという配慮でもあった。
その後は部隊長による盛大なじゃんけん大会になった。三回戦まで行った大盛り上がりのじゃんけん大会を制したのはガルダ、マリア、エミールの三人。彼ら三人が前半組となる。後半組はフランツ、ギュンター、エルンスト、ヴェルナーとなった。
彼らに十分休息を取ってもらうため、数日置いてから前半組による魔素の容量拡大の術式が行われる。魔素を使い切ってしまうと気を失ってしまうので、一日の終わりにやってもらうことにした。
術式経験のあるジュリが中心となって補助としてパトスが入る。それぞれ別々の部屋にろうそくを数本灯し、何やら見たことのない文字と図がびっしりと書かれた紙がろうそくの後ろに張り出されている。
カイカランガと呼ばれている術式のためにジュリとパトスが朝早くから準備をしてくれたものだ。三人が揃い、それぞれいつも使っている部屋に入ってもらう。そこへ、順番にジュリとパトスが入って行った。
しばらくするとマリアがいる部屋の中から苦痛のうめき声が続いた後にドサッと倒れるような音がする。ジュリが魔素水を片手に部屋から出てくると笑顔で「うまくいった」と言うのだが、ガルダとエミールは顔が真っ青だ。
しばらくすると、「準備が出来た」と言ってジュリがガルダを呼ぶ。対象者ではないとはいえ、傍で見ていたアルスもなんだか病院の手術でも受けるかのような、そんな気持ちにさせられてしまった。やがてガルダの部屋から彼の叫び声が聞こえたかと思うと、ドサッと倒れ込むような音がまたも聞こえる。
「アルスさま、なんだか不安になってきましたよ・・・・・・」
エミールが掌を見つめながらつぶやいた。見ると彼の手は緊張で汗でびっしょりになっている。
「ああ、うん、まあそうだよね。でも、リスクは無いから大丈夫だよ」
そう言ってアルスはあまりフォローにもなっていないと自覚しながらエミールを励ます。
そして、最後にエミールの番が来た。エミールの叫び声が部屋の廊下にまで響き渡り、こうして無事に?最後まで術式をやり遂げ第一日目を終えた。気になったアルスがエミールの部屋から出て来たジュリに彼らの様子を尋ねると、全員無事に終えることが出来たとのこと。
ただし、本人たちはかなり辛いらしい。彼らの身体の魔素の容量を無理矢理拡げるために、ジュリが魔素を注入する。そうすることによって、魔素が枯渇するまで限界を超えたまま身体強化を維持することになるので、本人たちは相当苦痛を伴うらしい。
ジュリの顔面も蒼白で、相当疲労の色が濃く出ていた。やはり、術者にとってもかなりきついのだろう。あと六日間はなんとか頑張ってもらうしかない。
「それにしても、アルスさまの魔素水がなければこのような危険な術式は出来ませんでした。本来であれば、術を施した後は枯渇した魔素が戻らないことや、暴走してしまうこともあるので」
「暴走するというのはどういうことなの?」
「暴走というのは、身体が急な変化に拒否反応を起こしてしまい魔素に取り込まれてしまうことです。一旦取り込まれてしまうと、自我が無くなり、魔素が尽きるまで周囲を破壊してしまうケースもあるのです」
「それは、大丈夫なんだよね?」
「ええ、もちろんです。枯渇した直後に魔素水を飲ませることで、そういったことは絶対にありえませんので」それを聞いてアルスは心底ホッとした。
次の日、アルスが術式を受けた三人に様子を尋ねると、皆体調は良いようだった。何よりも三人全員が魔素の容量が増えたと喜んでいたのが、アルスにとっても嬉しかった。
それから六日間、同じ術式を繰り返してようやく全ての行程を終えることが出来た。術式を終えた彼らの魔素量は完全に別人と言ってもいいぐらいである。パトスによれば三人とも術式前に比べて、比較にならない程の魔素の容量を持っているとのことだった。
「アルスさま、少しあの三人を試させていただいてもよろしいですかな?」
パトスが言うには、どれほど魔素の容量が増えてもそれを支える身体が無ければ意味がないとのことだった。
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