お披露目
話題は自然とファニキアガラスの売れ行きに移っていく。ニナが資料を手に説明を始めた。
「ゴドアでの成功を皮切りに、ヘルセ、ルンデル、ローレンツに加え、ロアール、マルムート、一部ですがハイデ公国や帝国にも注文が広がっています。特に鏡は、貴族の間でステータスシンボルとして定着しつつあるようです。皿やグラスも、晩餐会での使用例が増え、需要が安定しています。香水瓶は、女性貴族だけでなく、富裕な商人層にも広がりを見せていますね」
ミラが頷きつつ、ニナの説明に補足する。
「教会向けのステンドグラスも好調じゃ。ガーネット教とイシス教の両方から引き合いが強く、ザルツ帝国の聖堂からの大型注文も入っておる。だが、問題は模倣品じゃな。粗悪なガラス製品が、ファニキアの名を騙って市場に出始めている。これが、どうにも意図的にファニキアのブランドを毀損するかのような造りで、儂としては三大ギルドが関与してるんじゃないかと疑っておる」
マリアが提案した。
「だからこそ、魔素水を使った刻印の導入が急務です。高級品にはすでに施していますが、一般品にも簡易版の刻印を採用すべきだと思うんです。真贋の証明が、ブランドの信頼を守ってくれます」
アルスは深く頷いた。
「その通りだね。模倣品対策は急ぐよ。供給量を増やす前に、ブランド価値を確固たるものにしないと、長期的な利益が損なわれる。ニナ、市場の見通しはどうかな?」
ニナは自信に満ちた笑みを浮かべた。
「5月にはシャンテ・ドレイユが本格稼働します。運河と市場広場が完成し、商会が集結すれば、ファニキアガラスは交易の目玉商品としてさらに注目を集めるでしょう。ゴドアとの交易ルートを強化し、ザルツ帝国やハイデ公国にも販路を拡大できれば、売上は倍増する見込みです」
会話の流れで、交易に伴う金貨の種類についても話題が及んだ。パトスがコーヒーを啜りながら口を開く。
「ところで、交易が拡大する中、各国の金貨の違いが問題になりつつあると聞いてます。ゴドアのディナール金貨は純度が高いが、ザルツ帝国のクローネ金貨は重量が重い。ルンデルのリラ金貨はデザインが複雑で、偽造防止に優れているが、ハイデ公国のギルダー金貨は流通量が少ない。マルムートのディルハム金貨やロアールのフラン金貨も、換算レートが安定してません」
マリアが思案顔で言った。
「ファニキア独自の金貨を発行するのはどうでしょう?」
ミラが首を振った。
「それは時期尚早じゃな。というか、今は独自通貨なぞ製造するほど余裕がないと言ったほうが正解かもしれん。また、レーヘの金貨をそのまま使うわけにもいくまい。まずは、ゴドアのディナール金貨とルンデルのリラ金貨を基準に、シャンテ・ドレイユでの取引を統一するべきじゃと思う」
ニナが提案した。
「なら、シャンテ・ドレイユに銀行直営の両替所を複数設けるのはどうですか?手数料を取って、各国の金貨を統一レートで交換できるようにすれば、商人の利便性が上がると思いますし・・・」
アルスが目を輝かせる。
「そのアイデアはいいね!両替所は、土地貸し出しと並ぶ新たな収益源にもなる。5月の稼働開始までに、準備を進めるとしよう」
そして5月、柔らかな春風がリヴェール川を渡り、新緑が輝く中、シャンテ・ドレイユはついにその全貌を現した。
運河の水面は陽光を反射してきらめき、広場には色とりどりの天幕が立ち並び、商人たちの活気ある声が響き合う。貴族用宿泊施設のファニキアガラス製の窓と鏡は、光を受けてまるで宝石のように輝き、訪れる者を魅了した。
ファニキア国営商会の本部ビルは、白亜の外壁とガラス製の装飾が施された壮麗な建物としてそびえ立ち、シャンテ・ドレイユの中心に君臨する。歌劇場と闘技場も完成し、早くも文化と興奮の舞台として賑わいを見せていた。
この日、アルスは東三日月経済圏の盟友であるゴドアのハサード王、ローレンツのフリードリヒ王(アルスの兄)、ルンデルのゴットハルト王を招き、シャンテ・ドレイユの大々的なお披露目式典を開催した。
式典会場は、運河を見下ろす広場に設けられ、ファニキアガラスの燭台や装飾品が光を放ち、華やかな雰囲気を演出している。貴族や商人の賓客たちが集い、楽団の奏でる荘厳な音楽が響き合うなか、アルスが演台に立った。
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