新年の宴
噂は宮殿の外へと瞬く間に広がり、ギーラーンの市場や酒場でも、ファニキアのガラス器と鏡の名が囁かれるようになる。商人たちは新たな交易の可能性に目を輝かせ、ファニキアとの取引を求めて使者を送った。職人たちはその技術の秘密を探ろうと躍起になり、市場では「ファニキアの鏡は魂を映す」「そのガラス器は神の涙から作られた」などと、誇張された噂まで飛び交う。
貴族の夫人たちは、ファニキアガラスで作られた装飾品や香水瓶、そして特に鏡を競って求め、注文が殺到した。ある高名な貴婦人は、「この鏡に映る自分の姿を見ずして、己の美を知ることはできない」とまで宣言し、ギーラーンの社交界に新たな流行を生み出したのだ。
ファニキアのガラス器と鏡は、単なる工芸品を超え、ゴドアの文化と欲望を揺さぶる象徴となる。ハサード王に献上されたその輝きは、ファニキアの技術と野望の結晶であり、世界を揺るがす新たな伝説の幕開けを告げていた。
ファニキアの野心的な経済特区——シャンテ・ドレイユは、完成を目指し、運河の掘削、広場の舗装、商会や宿泊施設の建設が急ピッチで進められている。そして新年を迎えた1月、ミラン・キャスティアーヌの王宮では、華やかな新年パーティーが催された。
広間は燭台の光に照らされ、色とりどりのタペストリーとファニキアガラスで作られた装飾品が輝きを放ち、賓客たちの笑顔を映し出している。テーブルには、料理担当の少女コレットとディーナが腕を振るった新作ケーキが並び、その甘美な香りが会場を満たしていた。
広間の片隅では、甘党のガルダとジュリが、コレットの新作ケーキに夢中になっている。ガルダは、ふわっとしたスポンジと濃厚なクリームが織りなすケーキを一口頬張ると、目を輝かせて叫んだ。
「なんだ、この美味さは!コレット殿、こりゃ最高の菓子ですな!」
ジュリも負けじとフォークを動かし、チョコレートとベリーの層が織りなすケーキに舌鼓を打った。
「ガルダの言う通りだ!こんなの毎日食べたいくらいだ!」
コレットは照れ笑いを浮かべながら「ふたりとも、食べすぎ注意ですよ!でも、喜んでもらえて嬉しいです!」と応じ、さらなるケーキを運んで来る。ガルダとジュリは、まるで子供のようにはしゃぎながら、皿に山盛りのケーキを次々と平らげていった。広間の喧騒の中、この小さな一角だけが、まるで無垢な喜びに満ちた別世界のようになっている。
その横では、大陸情勢が語られていた。フランツが口火を切る。
「ところで、マルムートとザルツ帝国の戦争、聞いたか?マルムートのルイス将軍が、50万の軍を率いてグランデとバ・ローズの両州を取り戻したらしいな」
「それは、かなり前の情報だぞ」
ヴェルナーが突っ込むと、フランツはヴェルナーを睨みながら反論する。
「んなこたぁ、わかってんだよ。俺が言いたいのは、ガーネット教麾下の誓いの騎士団を破ったって点だ。教会側30万の守備軍を破りつつ、モンテ・ラブレのレジスタンスの蜂起を味方につけ、リベイラ城を占拠したんだろ?しかも、奴らの最終拠点——サン・ヴィサンテまで落とすとは思ってなかったんだよ」
「確かにな。ガーネット教団のやり方に不満を持ってる住民が、それだけ多かったってことだろう。恐らく、騎士団の動きも漏れてた可能性がある。教会側にとっちゃ、敵地で戦ってるような感覚だったかもしれない」
「はっ、イゴール教皇だったか?そいつの面子もさぞ潰されただろうな」
フランツは嬉しそうに笑って酒を煽る。それを横で聞いていたリザが、冷静に分析した。
「だが、問題はその後だ。マルムートは勢いに乗って帝国領内に攻め込んだが、それが裏目に出た。皇帝ヴラディスラフが動いた瞬間、形勢は逆転した。帝国の50万の軍が押し寄せ、連戦の疲れと士気低下で、マルムートは敗退。結局、グランデ州を再び失った」
エルザが、コレットの焼いたケーキをお皿に乗せながらリザの分析を補足する。
「ルイス将軍の誤算は、王の命令に従って帝国領に侵攻したことですね。兵士たちは失った領土を取り戻したことで、勝利で戦争が終わったと思っていたんじゃないですかね。マルムート王は欲が出たんでしょう。誓いの騎士団との連戦で、疲弊しているところに更なる進軍の命です。士気低下してる状態で、無傷の帝国軍に立ち向かうのは無謀ですよ。フェレイラ城の攻防戦で両軍が疲弊し、冬の到来で和平に至ったのは、むしろ幸運だったかもしれません」
いつも拙書を読んで頂きありがとうございます。
☆、ブックマークして頂けたら喜びます。
今後とも何卒よろしくお願い申し上げます。




