経済特区の建設
その後、シャンテ・ドレイユの建設現場は、昼夜を問わず活気に満ちていた。リヴェール川のほとりでは、三交代制で労働者たちが休むことなく働き、運河の掘削と広場の舗装が驚異的な速度で進んでいく。夜になると、灯が入ったランタンが現場を照らし、まるで星空の下で新たな都市が生まれつつあるかのようだった。
ベルトコンベアが唸りを上げ、土砂や資材を次々と運び出す。水車の軋む音と、労働者たちの掛け声が響き合い、現場はまるで生き物のように脈動していた。工房では、規格化された窓枠や壁パネルが次々に生産され、滑車式クレーンがそれらを軽々と吊り上げ、建築中の建物に組み込んでいく。特に貴族向け宿泊施設の建設は急ピッチで進められ、ファニキアガラスの窓がはめ込まれるたびに、労働者たちはその透明度と輝きに目を奪われた。
「まるで水晶のようだ・・・!」
ある職人が呟くと、仲間が笑いながら答えた。
「これがファニキアガラスだ。貴族さまが泊まったら、絶対に欲しがるだろうな!」
宿泊施設の部屋には、大きな鏡も設置された。ファニキアガラスの鏡は、光を完璧に反射し、まるで別世界を映し出すかのような鮮やかさだ。これを見た客は、間違いなくその品質に心を奪われ、ファニキアの名を広める使者となるだろう。
ファニキアの刻印を刻んだ精巧なガラスの器と鏡は、ゴドアの王都ギーラーンへと届けられた。砂漠の中心にそびえる白亜の都市ギーラーンは、灼熱の陽光を浴びた砂丘に囲まれ、青いタイルのモザイクが通りを彩る活気あふれる都だ。
市場では、香辛料の濃厚な香りが漂い、絹の天幕が熱風に揺れ、ラクダの唸り声と商人の呼び声が響き合っている。しかし、アル・ジャハール宮殿は、その喧騒から隔絶された聖域だった。白大理石の外壁には、ゴドアの伝統的な星と月の文様が精緻に刻まれ、巨大なドーム屋根が青空に映える。宮殿の庭園では、噴水の水音と椰子の葉のざわめきが、涼やかな風を運び、訪れる者の心を落ち着かせた。
謁見の間では、ゴドアの王ハサードが玉座に座し、その周囲には貴族たちが集っている。ハサード王は、ファニキアからの献上品であるガラスの器を手に取った瞬間、息を呑んだ。
「なんと美しい・・・・・・」
彼の声は、まるで夢を見ているかのようにかすれ、言葉はそこで途切れた。器の表面には、星屑を散りばめたような輝きが宿り、光の加減で微妙に色を変えるその美しさは、まるで天上の宝物を思わせる。
続けて王が手に取ったのは、ファニキアガラスで作られた鏡だ。完璧な透明度と滑らかな表面は、まるで水面のように光を反射し、王自身の姿を驚くほど鮮明に映し出す。
「この鏡・・・まるで魂を映すようだ」
ハサード王は呟き、鏡に映る自分の表情に目を奪われた。周囲の貴族たちもまた、静寂を破るようにざわめき始める。
「このガラス器、見たこともない輝きだ!」
「この鏡、まるで魔法のようではないか!」
「ファニキアの技術は神の領域に踏み込んだのか・・・!?」
彼らの声には、驚嘆と羨望が混ざり合っていた。ある貴族は器を手に取り、燭台の光にかざしてその透明度を確かめ、別の者は鏡に近づき、自分の姿が映るその鮮やかさに息を呑む。また、器の精緻な彫刻に指を這わせた貴族夫人は、感嘆の吐息を漏らしながら「これほどの美しさは、宝石にも勝るわ」と囁いた。ハサード王が手に持つ器と鏡に刻まれたファニキアの刻印は、まるで新たな時代の到来を告げる紋章のように輝き、場に集う者すべての視線を釘付けにしたのだった。
その夜、アル・ジャハール宮殿で催された晩餐会では、ファニキアのガラス器と鏡が貴族たちの話題を完全に独占する。燭台の光を受けて虹色に輝くガラスの杯を手に、貴族たちは口々にその美しさを称賛した。
「ハサード王がこれほど心を奪われたのは初めてだ」
「この杯は、まるで星を閉じ込めたようだ」と、ある公爵が感嘆の声を上げれば、隣にいた伯爵夫人は鏡を手に取り「この鏡に映る姿は、まるで絵画のように美しい。これを我が屋敷に置けば、どんな客人も驚くことでしょうね」と目を輝かせた。
鏡の完璧な反射は、貴族たちの虚栄心をくすぐり、ファニキアガラスの価値を一層高める効果を発揮していた。
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