ファニキア会議にて2
アルスはふたりのやり取りを聞きながら、決断を下した。
「なるほど。じゃあ、ブランドイメージを固めるまでは、少量生産を徹底するとしよう。刻印も、すべての製品に施す方針で進める。ニナの提案は、どれも的確だろうね」
ミラが推薦しただけあって、ニナの経済的センスはファニキアの発展に欠かせないものだ。会議中に睡魔に襲われる癖さえなければ、彼女の才覚は完璧と言えたかもしれない。
ここで、マリアが思案顔で新たな提案を口にした。
「アルスさま、刻印についてですが・・・一般向けの製品と、高価格帯の製品で刻印を変えてみてはどうでしょうか?」
「どうして?」アルスが興味を引かれて尋ねる。
「一点物の高級品は、模倣された場合の影響が特に大きいと思うんです。そこで、魔素水を使った刻印を施せばどうでしょうか?」
「魔素水か!」
アルスはっと目を輝かせると、フランツが補足した。
「なるほどな。刻印に魔素の結晶を混ぜれば、魔素を込めることで真贋を判別できるっつーことか。これなら、絶対に真似できない証明になるな」
それを聞いていたパトスが、慎重な口調で問いかける。
「マリア殿、フランツ殿。その案でファニキアガラスのブランドは守れるでしょう。ですが、魔素水の技術自体の秘匿は保てるのでしょうか?」
マリアとフランツが一瞬言葉に詰まる。パトスが懸念するのは、ガラスのブランドを守るために、魔素の結晶化の技術が他国に知られるリスクだった。
だが、アルスは穏やかな笑みを浮かべて言った。
「その点は問題ないよ。以前、紙幣の偽造防止に使った技術を応用すればいい。魔素の結晶石は、無理に取り出そうとすれば雲散霧消するよう設計できるからね」
「ほっほ、これは杞憂でしたな。失礼しました」
パトスは笑い、安心したように肩をすくめた。
「マリアの案、良いと思う。魔素水を使った刻印を高級品に採用しよう」
アルスの言葉に、全員が賛同の意を示す。そして、ミラが会議を締めくくるように口を開いた。
「ガラスの方針は決まりじゃな。次は、経済特区についてじゃが・・・・・・」
ミラが経済特区の議題に移ったその瞬間、扉が軽くノックされ、鍛冶師のアントンと建築士のベルトルトが息を切らしながら入室してくる。ミラン・キャスティアーヌの王宮の一室は、静謐な空気を湛えていたが、ふたりの登場で一気に活気づいた。
「すみませんでした、遅れてしまって・・・」
ベルトルトが頭を下げると、アルスは温かな笑顔で迎え入れた。
「ちょうど経済特区の話を始めようとしていたところだ。良いタイミングだよ」
ふたりはほっとした表情で席に着き、ミラが鋭い視線を向けながら話を再開した。
「専門家が揃ったところで、早速進捗を聞かせてもらおうか。シャンテ・ドレイユの経済特区はどうなってるんじゃ?」
ベルトルトとアントンは互いに顔を見合わせ、頷き合った後、ベルトルトが口を開いた。
「まず、リヴェール川から運河を引く工事ですが、こちらは予定通り順調に進んでいます」
「土砂の運搬問題は解決したんだよね?」
アルスが確認すると、ベルトルトは自信に満ちた笑みを浮かべた。
「はい。アルスさまの提案された水車動力のベルトコンベアが、まさに革命的でした。三基の水車で三つのバースをカバーし、残りの2バースは人力と馬車による中継コンベアで広場や区画に土砂を再利用しています。この仕組みのおかげで、運搬効率が五倍に向上しました。通常一か月かかる基礎工事が、わずか一週間で完了するほどです。運河掘削と広場の舗装が並行して進むなんて、まるで魔法のようですよ」
「それは素晴らしいね!」
アルスは心から満足そうに頷いた。
「それに、魔素水の効果も絶大です!」
ベルトルトの声に熱がこもる。
「戦闘用の配合に比べれば穏やかとはいえ、作業速度が数倍に向上しています。労働者の疲労も軽減され、効率が格段に上がりました」
「良かった。無理のない配合にしたつもりだったけど、問題ないみたいだね?」
アルスの確認に、ベルトルトは力強く頷いた。
「もちろんです!この調子なら、予定よりも整地は早く完成するかもしれません」
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