ファニキア会議にて
「——というわけで、ニナの見解を聞かせてもらいたい」
アルスが、仕切り直すようにニナに声を掛ける。
ニナは気を取り直し、咳払いをしてから口を開いた。
「はっ、はい、失礼しました!えーと・・・ようやく目が覚めてきました」
その返事を聞いてミラがやれやれと言わんばかりに首を振るのを横目に、ニナは構わず続ける。
「ファニキアガラスを王室や貴族を中心に広めていく方針について、私も全面的に賛成です。ただし、成功のためには三つの点に注意が必要です。まず第一に、技術の秘匿を徹底することです」
「王立の職人ギルドのことだね?」
アルスが確認すると、ニナは力強く頷いた。
「はい。アルスさまがすでに設立してくださったギルドは、技術流出を防ぐ強固な基盤です。しかし、それだけでは不十分かもしれません。万が一の事態に備え、職人たちの身辺警護を強化することを提案します」
「なるほど。拉致や強硬手段に出られる可能性を考慮しているわけだ」
アルスはニナの先見性に感心しながら頷いた。
「その通りです」
ニナの声には、確固たる決意が宿っていた。
「ふたつ目は何じゃ?」ミラが腕を組み、鋭い視線でニナを促した。
「刻印です」
ニナは一呼吸置いて、言葉を続けた。
「先日拝見したガラス作品には、確かにファニキアの刻印が施されていました。しかし、私はすべてのガラス製品——高級品から一般品まで——刻印を入れるべきだと考えます」
「すべての製品に、か? あの刻印はすでに施されているはずじゃが?」
ミラが首を傾げると、横からマリアが思いついたように口を挟んだ。
「模倣品・・・ですか?」
「その通りです、マリアさま」
ニナはマリアの洞察に笑みを浮かべ、話を続けた。
「ファニキアガラスの技術は、他国には絶対に再現できないと信じています。いえ、だからこそ、粗悪な模倣品が出回る危険があるのです。偽物が市場に広まれば、ファニキアガラスの評判が傷つき、ブランドの信頼が揺らぐ恐れがあります」
「ふむ・・・確かに」
ミラは低く唸り、アルスもまた、ニナの懸念に深く頷いた。模倣品が顧客の手に渡り、それが本物と誤解されれば、ファニキアの名声は一瞬にして地に落ちかねない。悪い噂は、良い評判よりも遥かに速く広がるものだ。
「そして三つ目は?」
パトスが、コーヒーの香りを楽しみながら穏やかに尋ねる。
「しばらくの間、少量生産を続けるべきです」
ニナの言葉に、フランツが怪訝な表情を浮かべた。
「少量生産? それなら、わざわざペシミールまで石灰を輸入しに行った意味がないんじゃないか?」
ジュリも、コレットによって用意されたクッキーを頬張りながらこくりと頷く。一方、ガルダはクッキーを無造作に口に放り込み、議論には目もくれず咀嚼に専念していた。
ニナは落ち着いた口調で説明を続けた。
「ペシミールの良質な石灰は、将来的な大量生産に必要不可欠です。交易ルートを確保したのは、その布石です。しかし、現時点ではファニキアガラスの品質を広く知らしめることが最優先です。少量生産に留めることで、希少性を保ち、他国が真似できない独自の価値を印象づけたいのです」
「なるほど。つまり、市場を独占するブランドを築くということですか?」
パトスが興味深そうに尋ねた。
「はい。ファニキアガラスが『唯一無二』であると認知されれば、価格が下落するリスクを抑えられます。大量生産に踏み切るのは、ブランドイメージが確立してからで十分です」
フランツが口を開いた。
「つまり、高値で売れるうちに売りまくってから、大量生産に切り替えるってことか?」
ミラが静かに首を振った。
「それは少し違うじゃろうな。ニナの言うのは、ファニキアガラスを最高級のブランドとして確立することじゃ。品質と信頼を築き上げれば、高級品だけでなく、一般向けのガラス製品もその名声に浴することができる。そうじゃな、ニナ?」
「はい、まさにミラさまの仰る通りです」
ニナは力強く頷き、ミラの補足に感謝の笑みを浮かべた。
いつも拙書を読んで頂きありがとうございます。
☆、ブックマークして頂けたら喜びます。
今後とも何卒よろしくお願い申し上げます。




