それぞれの会議にて
「ルンデルの援軍は、ローレンツとファニキアだったな。そして、忘れてはならん——ゴドアも陰ながら加わっていた」
レオノールが忌々しげに言葉を投げつけると、ヘルマンは軽く笑みを浮かべた。
「ゴドアを中心に新たな経済圏を築こうとしている——ファニキアが主導する経済特区の話か。北に交易国家ロアールが君臨しているのに、なぜわざわざ南の辺境に商会が集まると思うのだ? 笑いものになると思うがね」
しかし、バーリンドの表情は一変し、慎重な口調で反論した。
「いや、侮るのは早計かもしれん。ロアールから漏れ伝わった情報によれば、ファニキアは驚くほど精巧なガラス製品を持ち込んだという。ロアールの市場を彼らに明け渡すつもりはないが、もしそれが本当なら、我々の経済圏にとって無視できぬ脅威となる可能性がある・・・・・・」
その言葉に、眼鏡をかけた痩身の男——ユーベルタール北方商会、役員となったヒースルールが、静かに手を挙げて発言を求めた。
「発言をよろしいでしょうか?」
「なんだ、ヒースルール?」
ヘルマンが鋭い視線を向ける。 ヒースルールは穏やかな微笑を浮かべつつ、しかしその瞳には冷徹な光を宿しながら続けた。
「私もバーリンド会長の意見に賛同いたします。ファニキアの経済特区構想は、一見荒唐無稽に思えるかもしれませんが、経済の本質を鋭く突いた戦略だと私は確信しております。商会に対する交易税や売上税を免除するという大胆な施策は、旧来の制度に縛られた我々の想像を超える魅力を、遠方の商会にさえ訴えかける可能性を秘めているのです」
ヘルマンは鼻で笑い、反論を重ねた。
「税を免除だと? そんな甘い話で国が運営できるはずがない。税収がなければ、特区どころか街の維持すらままならんぞ。ヒースルール、お前はファニキアの若造に肩入れでもしているのか?」
ヒースルールの唇に、一瞬、薄い笑みが浮かんだが、彼は首を軽く振って答えた。
「誤解なきよう申し上げますが、私はファニキアの肩を持つつもりなど毛頭ございません。ただ、旧態依然の制度設計では測れぬ新たな可能性を、彼らが模索していると見るのです。大陸中から商会を集め、交易の中心地として繁栄を築ければ、投資の回収などいくらでも方法はある——たとえば、特区そのものが新たな富の源泉となるような仕組みを、彼らはすでに描いているのかもしれません」
ヘルマンの顔に怒気が走り、彼は声を荒げて言い放った。
「もしファニキアの王が本気でそんな夢物語を信じているなら、浅はかな愚か者に過ぎん! 税を軽減しただけで、輸送コストやリスクを冒してまで商会が集まると思うか? それに何より、三大ギルドを敵に回して税を徴収するなどと正面から喧嘩を売ってきたのだ。我々が黙って見ていると思うなよ——受けて立ってやる!」
ヒースルールは、ヘルマンの挑発的な言葉を冷ややかな視線で受け流した。もはやこれ以上の議論は無意味だと悟った彼は、静かに口を閉ざし、燭台の揺れる光を見つめながら、次の展開を見据えるように思案を巡らせる。会議の空気は一層重みを増し、ラドリンクスの夜は、さらなる波乱を予感させる静けさに包まれていた。
ラドリンクスでの経済会議から数日後、ミラン・キャスティアーヌの王宮の一室で、ファニキアの定例会議が開かれた。オーク材の扉が閉じられ、窓から差し込む柔らかな陽光が、磨き上げられた石の床に淡い光の模様を描く。長テーブルを囲むのは、アルス、ミラ、ニナ、マリア、フランツ、ジュリ、ガルダ、そしてパトスだ。
会議は、交易路の確保や新たな農地の開拓など、いくつかの議題を巡って熱心な議論が交わされていたが、話題がファニキアガラスの今後へと移った瞬間、場の空気が一変した。それまで、議題の合間にうとうとと船を漕いでいたニナが、まるで雷に打たれたかのように目を覚ます。
「ふぁっ!」と小さな声を上げ、慌てて姿勢を正す彼女の姿に、ミラが鋭い視線を投げつけた。
「ニナ!」と頭を叩かれ、ニナは縮こまりながら「す、すみませんでした・・・!」と謝罪する。このやりとりは、もはやファニキアの会議における風物詩とも言える光景になっている。
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