ソフィアの思惑
ファニキアの城塞都市レイ・シャティヨン。その一角にある簡素だが清潔な部屋に、ソフィアはマーセラス将軍とピエトロ将軍を招いていた。部屋の窓からは、夕陽が差し込み、石壁に柔らかなオレンジの光を投げかけている。捕虜とはいえ、ふたりには比較的自由な行動が許されており、ファニキアの穏やかな待遇が彼らの態度にも表れていた。
ソフィアは、ガイウス王との会見の内容を丁寧に説明した。交易路の解放、通行税の免除、そして安全保障の提案。彼女の声は落ち着きながらも、確固たる意志を帯びている。そして、最後に、彼女は核心を突いた。
「ガイウス王には、マーセラス将軍かピエトロ将軍のどちらかに、交易路の安全を保障する証人となっていただけないかと提案しました。民衆の信頼を得るには、おふたりの名が必要不可欠ですわ」
マーセラスは、灰色の髪を掻き上げ、思案顔でソフィアを見つめた。戦場で鍛え上げられた彼の顔には、深い皺が刻まれているが、その瞳は鋭く、知性を湛えている。
「ソフィア殿、捕虜である我々が言うのも妙な話だが、よくぞ話をまとめてくれた。礼を言う」
彼の声は低く、どこか感嘆の響きを帯びていた。隣に立つピエトロも、がっしりとした体躯をわずかに動かし、同意を示す。
「加えて、貴国での我々の待遇も申し分ない。捕虜としてこれほどの敬意を払われるとは思わなかった。私としては、この提案を前向きに捉えたいと思う」
マーセラスが頷き、言葉を継ぐ。
「そうだな。戦勝国であれば、もっと厳しい要求を突きつけるのが常だ。アルトゥース王の意図がいまいち読めないが・・・・・・」
彼の視線は、ソフィアの真意を探るように鋭くなる。
ソフィアは、穏やかな笑みを浮かべ、答えた。
「アルスさまは、無用な戦を望んでおりません。ルンデルが既に厳しい条件をヘルセに突きつけている以上、ファニキアがさらに要求を重ねれば、ヘルセの国情は不安定になります。それでは、誰も幸せになれませんわ」
マーセラスが眉を上げ、意外そうに問う。
「敵である私が言うのもおかしな話だが、我が国が乱れれば、貴国にとって利益ではないのか?」
「領土を増やすことが目的なら、確かにそうかもしれません。ですが、アルスさまが見ているのはもっと先です」
ソフィアの声は静かだが、確信に満ちている。ふたりの将軍は、ソフィアの次の言葉を待った。
「私たちの敵は、国を崩壊させ、民衆を支配しようとする力ですわ。三大ギルドのような、陰で糸を引く者たちこそが、真の敵なのです」
マーセラスは一瞬、言葉を失い、ソフィアを見つめる。ピエトロもまた、彼女の言葉に深い思索を巡らせているようだった。
「なるほど・・・・・・どうにも我々とは視座が違う、ということかな」
マーセラスの呟きには、感嘆と同時に、彼女への敬意が滲んでいた。
ソフィアは微笑み、話を締めくくった。
「おふたりが証人となることを承諾していただけるなら、ヘルセの民衆の信頼を得られ、交易路の安全も確保できると信じています。いかがでしょう?」
マーセラスとピエトロは顔を見合わせ、短い沈黙の後、揃って頷いた。
「我々が証人となることを、約束しよう」
マーセラスの言葉に、ピエトロも力強く同意した。
「ヘルセの民のためにも、この和平を成功させねばならん」
ソフィアの胸に、希望の光が灯る。彼女は再びヘルセの王都フォーリアへ向かう決意を固めたのだった。
二週間後、ソフィアはマーセラスとピエトロを伴い、ヘルセの王都フォーリアの中央広場に立っていた。広場は、まるで嵐の前の海のようにざわめいている。民衆の群れが集まり、その目は憤りと疑念に満ちていた。
三大ギルドがばらまいた偽の新聞記事——「ローゼの悲劇」と題された、ルンデルの賊に少女の家族が殺されたというでっち上げの物語——が、ヘルセの民の心にファニキアへの憎悪を植え付けている。
風に舞うビラには、「ルンデルの傀儡」「戦争の元凶」と罵る言葉が躍り、子供たちが石を握りしめ、敵意をむき出しにしていた。
広場の中央に設けられた木製の壇上に、ソフィアはひとりで立つ。彼女の青と金のドレスは、曇天の下でなお輝きを放ち、気高さを湛えていた。背後には、ガイウス王の許可を得て集まった衛兵たちが控えているが、民衆の怒りは抑えきれていない。ソフィアは深呼吸し、声を張り上げた。
「ヘルセの民の皆様! 私はファニキアの使者、ソフィア・フォン・バウアと申します。今日、両国の争いを終わらせ、和平の道を築くために参りました!」
彼女の声は、清らかで力強く、広場に響き渡った。
いつも拙書を読んで頂きありがとうございます。
☆、ブックマークして頂けたら喜びます。
今後とも何卒よろしくお願い申し上げます。




