ヘルセ王 ガイウスとの謁見
ヘルセ国の交易都市ペルミエールは、まるで生き物のごとく脈打っている。表通りには、異国の商会が競うように建ち並び、色鮮やかな旗が風に揺れた。商人たちは、絹や香辛料、宝石を手に声を張り上げ、取引の熱気に空気が震える。まるでこの街が世界の中心であるかのように、活気と欲望が交錯していた。
だが、一歩裏通りに入れば、まるで別世界が広がっている。薄汚れた石畳の路地には、ぼろをまとった人々が蹲り、空腹の目を光らせて通りをゆく者たちを睨む。戦と悪天候が重なり、食糧が不足したこの街で、家や職を失った者たちの姿は、まるでペルミエールの繁栄の裏に潜む暗い影のようだった。
「荒れてんな・・・・・・」
フランツの呟きは、冷たい風に紛れて消えた。彼の鋭い目は、路地の奥で物乞いをする子供の姿を捉え、わずかに眉をひそめる。
「悪天候続きで食糧が不足していたところに、戦でしたから。その煽りを受けた人々は、予想以上に多かったということですわ」
ソフィアの声は落ち着いていたが、その瞳には憐憫と分析の光が宿っている。彼女は、ファニキアの使者としてこの地を訪れていたが、ペルミエールの二面性は、彼女の心に深い印象を刻んだ。
ふたりが通りを進むと、突然、焼け焦げた建物の残骸が視界に飛び込んできた。崩れかけた壁には、辛うじて残る看板が揺れている。そこには「ルンデル商会」の文字が、黒ずんだ煤の下にかすかに読み取れた。
「ルンデルに対する国民感情も、相当悪そうですね」
ソフィアの声には、冷静な観察が込められていた。
「そりゃお互い様だろ。あっちにしてみりゃ、攻め込んで来たのはヘルセだからな」
フランツの言葉は、どこか投げやりだったが、その奥には複雑な思いが滲む。
「それは、そうですが・・・・・・」
ソフィアが言葉を濁すと、護衛の騎士が一枚のくしゃくしゃのビラを差し出した。そこには、扇情的な文言が踊っている。
「ルンデルとヘルセの戦争は、ファニキアの工作によるものではないか?」
記事は、かつて敵対していたローレンツとルンデルの歴史を引っ張り出し、ファニキアの現王がローレンツの第四王子であることを根拠に、両国を争わせて国力を削ぎ、ファニキアが攻め入る算段だという荒唐無稽な物語を展開していた。
「なんだこりゃ!?」
フランツが声を荒げ、ビラを握り潰さんばかりの勢いで睨みつける。
「酷いですわ・・・・・・」
ソフィアは眉を寄せ、呆れと苛立ちが入り混じった表情でビラを見つめる。この稚拙な物語は、まるで子供がでっち上げた陰謀論のようだった。
「これ書いた奴、頭おかしいんじゃねぇのか?」
フランツの毒舌が炸裂するが、ソフィアは冷静に言葉を紡ぐ。
「三大ギルドの思惑が、透けて見える気がします。彼らは、私たちの動きを封じようとしているのでしょうけど・・・・・・」
彼女の声は静かだったが、その奥には鋭い洞察が潜んでいた。
「ヘルセの王との交渉が難航しそうだって言ってたのは、こういうことか?」
フランツがソフィアを見やり、彼女の意図を測るように問う。
「今回の戦の背景を、私なりに調べました。アルスさまや、捕虜となっているヘルセの将軍の方にも伺いました。すると、不可解な点がいくつか浮かんだのです。ガイウス王の意志が、どこにあるのかが読めないのですわ」
ソフィアの言葉には、深い思索の跡が刻まれていた。
「直接会って確かめるしかないってことだな?」
フランツの声に、ソフィアは静かに頷く。
ヘルセ国の王都フォーリアの王宮は、威厳と重厚感に満ちていた。薄暗い謁見の間には、豪奢な装飾が施された玉座が鎮座し、その上にガイウス王が座している。金の縁取りが施された深紅のマントが彼の肩を覆い、威厳を漂わせるが、その顔にはどこか疲弊の影がちらつく。玉座の背後には、ヘルセの国章が彫られた巨大な壁画が広がり、王の権威を強調していた。
ソフィアは、静かな足取りで謁見の間に進み出た。彼女の背後には、護衛の騎士たちが控え、フランツがその傍らで鋭い視線を周囲に走らせる。ソフィアのドレスは、ファニキアの青と金を基調とした優美なもので、彼女の気品を際立たせていた。だが、その瞳には、柔和さの中に強い意志が宿っている。
「ファニキアの使者、ソフィア・フォン・バウアか。ようこそ、と言いたいところだが・・・」
ガイウス王の声は低く、どこか探るような響きを帯びていた。
「光栄に存じます、ガイウス王陛下。ファニキアを代表し、和平の意志を伝えに参りましたわ」
ソフィアは優雅に一礼し、言葉を続けた。
いつも拙書を読んで頂きありがとうございます。
☆、ブックマークして頂けたら喜びます。
今後とも何卒よろしくお願い申し上げます。




