戦いの女神
「その調子だ!敵が近づいたら投網で行動不能にしてしまえばいい」
ナディムの叫ぶ声が聞こえると、ラフマトはピクピクと頬を震わせた。
「あの腐れジジイ、やるじゃねぇか・・・・・・。野郎ども、密集して動くな!逆方向から同時に接舷すれば投網は避けられる!」
ラフマトの指示により、海賊船はシーダ号の左舷、右舷から同時に接舷を図る。こうされては、投網の効果も限定的になってしまう。次々と乗り移って来る海賊たちに、シーダ号の船員たちは、近接戦闘を強いられることになった。こうなると、商船の船員たちは戦闘経験の無さが如実に出てしまう。
船員たちはバタバタと倒され、遂に後ろの甲板で操舵していたナディムにまで海賊の刃が迫った。海賊のひとりが、袈裟斬りに振り下ろした刃をナディムは辛うじて弾き返す。
数合打ち合うも、剣を弾いた反動で吹き飛ばされ、置いてあった木箱に激突した。ニヤついた表情を浮かべた海賊が、ジリジリと寄って来るが、剣を持つ右手に力が入らない。
「くそっ」
ナディムが死を覚悟した瞬間だった。唸るような風切り音が霧を切り裂く。刹那、ナディムの目の前に迫った海賊の頭が消し飛んだ。吹き飛んだのではなく、文字通り、消し飛んだのである。
ドゴォォォォォォォォォォォォォォォォン!!!
直後に、船全体を凄まじい振動が襲った。その振動で、船員も海賊たちも立ってられなくなり、思わず床に膝をつく。直後、別の海賊が巨大な矢に貫かれ、海の彼方へ吹き飛ばされた。海賊たちは、訳も分からず逃げ惑い、船員たちは戦うのも忘れ呆気に取られる。パニック状態に陥った海賊たちが海に飛び込むと、シーダ号の両舷に接舷した海賊船から水柱が上がった。
フローラ号の舳先に立ったサシャは、ふーっと息を吐く。弓に集中するサシャに、いつもの軽妙な雰囲気は、微塵も感じられなかった。
「嘘だろ!?あ、あんた、すげぇな・・・・・・!」
「おいおい、ひとりで全部片づけたってのかよ・・・・・・」
「こんな揺れる海の上で、なんて正確さだ。おまけにその威力、いったいどうなってんだ!?」
船員たちが口々に話しかけたるも、サシャは返答すらしなかった。かつて、エミールがサシャの弓を射る姿を見て、自然と一体化してると評したことがある。サシャは次の矢を巨大な弓につがえると、ギリギリと弦を引き絞っていく。サシャの立ち昇ったオーラが、指先から矢に伝わる。
力を溜め、張力の限界に達した弦が、流れるような動作で矢の推進力に爆発的な力を与える。瞬間、サシャのオーラを宿した巨大な矢が、海賊の乗る船の底を貫いた。巨大な水柱が上がったかと思うと、海賊船はグラグラと揺れながら沈み始める。
「ねぇ、ラフマトって奴はどいつか教えてくれない?」
サシャが前を見たまま後ろで見ている船員たちに話しかける。
「あ、ああ、あの一番派手な服着てる奴がそうだ」
「どれどれ、ああ、あれか。サンキュー♪」
サシャは、揺れる舳先の上に立ったまま深呼吸を始め、弓を構える。一方、ラフマトの乗る海賊船はパニック状態に陥っていた。
「悪魔だ!奴ら悪魔を連れて来やがった!」
「違う!俺は見たぞ。船の舳先に立った女が、光の矢を放ったんだ。ありゃおまえ——」
「神だ・・・・・・」
「神!?悪魔じゃねぇのか?」
「サリラ・ウミラだよ!海の女神だ!俺たちは喧嘩を売る相手を間違えたんだよっ!」
「そうだ、彼女はサリラ・ウミラの化身に違いねぇ。サリラ・ウミラは交易の女神だが、同時に戦いの女神でもあるんだ。戦って勝てるような相手じゃねぇ。俺たちは女神の怒りを買っちまったんだ・・・・・・」
沈みゆくラフマトの船の上で、海賊たちは、恐怖に震えていた。
(ナディムのジジイどもの船には女神が乗ってるってのか・・・・・・?バカバカしい迷信を信じやがって、これだから船乗りってのは!)
イラついたラフマトは声を荒げて怒鳴った。
「サリラ・ウミラだ!?バカ野郎!そんなもん迷信だ、あと1隻残ってるんだ、今から——」
ラフマトの言動はそこで途切れた。ラフマトが喋るのを止めたのではない。凄まじい轟音と光に、海賊たちは目と耳を覆った。その直後、彼らが見たのはラフマトの残された下半身だった。船長であるラフマトの言葉を聞く機会を、彼らは永遠に失ったのである。
「ひ、ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」
それを見た海賊たちは、一斉に海に飛び込み、残った最後の1隻に辿り着くとほうほうの体で逃げ帰ったのである。
霧が晴れ、朝日が海面を金色に染める中、シーダ号とフローラ号は静かに港へ戻った。ナディムは傷を負いながらも生き延び、マハディと共に甲板に立っていた。サシャは巨大な弓を肩に担ぎ、いつもの軽やかな笑顔に戻っている。
「いやあ、サシャ殿、あんたの弓はまるで神の業だな」
ナディムが感嘆の声を上げる。
「えー、ただの弓だよー。ちょっと魔素込めただけ♪」
サシャは笑いながら手を振った。 マハディは深く息を吐き、ニナに視線を向けた。
「ディディの裏切りを暴き、ラフマトを仕留めた。お前さんたちがいなければ、この港は海賊に飲み込まれていただろう。感謝する」
「私たちも、ファニキアの石灰交易を守るためです。これで、少しは安心して交易ができますね」
「ラトゥンカ商会は、石灰の値や輸送の優先度について、優遇することを約束しよう」
「ありがとうございます」
ニナは静かに微笑む。
「なに、ナディムや他の商会も、きっと同じことを言うだろうよ」
マハディは、愉快そうに笑った。
港に降り立つと、商人たちが集まり、歓声が上がった。後日、クローブを積んだ3隻の商船が無事にヘルセに到着したとの報せも届き、ペシミールの港は再び活気を取り戻しつつあった。
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