ペシミール諸島の海戦
「まさか、おじいちゃんが直接この船を操舵するとは思わなかったよ」
サシャの隣ではマハディが舵を握りながら、海の先を睨みつけていた。前を走る船——シーダ号はナディムが舵を握っている。
「俺の商会から、裏切り者を出しちまったからな。自分たちで落とし前をつけなきゃ気が済まんのよ。ナディムも同じ気持ちだろう・・・・・・」
マハディの声は低く、悔しさと決意が滲んでいた。
「まあ、あたしが乗ってるんだから大丈夫だよ!」
「すまんな、あんたには関係ない戦いに巻き込んじまって・・・」
「いいよいいよ。あたしらも石灰が無いと困るし、それに・・・・・・えーと?ほら『沈みかかった船』だし!」
「縁起でもねぇこと言うない!それを言うなら『乗りかかった船』だろ?」
マハディが苦笑しながら突っ込む。
「あれ?そうだっけ?まあ、細かいことは気にしない♪」
サシャの笑い声が、霧の立ち込める海に軽やかに響く。
そのとき、前方の海域に薄い霧が漂い始めた。まるで白いベールが海を覆うように、視界が徐々に閉ざされていく。
「霧の海域に入ったぞ!」船員の一人が叫び、サシャも目を凝らして周囲を警戒する。
「ここら辺は霧の海域と呼ばれていてな。視界が効きにくいんだ」とマハディが補足する。
「んじゃあ、こっちから相手が見えにくいってことか」
サシャの呟きにマハディは小さく頷く。
「相手は小型船だ。こっちから敵は見つけにくいが、こっちは図体がデカい分、見つかりやすい」
その言葉が終わるや否や、霧の彼方から鈍い衝突音が響いた。甲板に緊張が走る。
「来やがった!各員、戦闘の用意だ!」
「「「「「おおおおおう!!!」」」」」
船員たちが、一斉に応える。
サシャは背中の巨大な弓を手に取り、鋭い目で前方を見つめる。
その前方では、ナディムが既にラフマト率いる海賊船団と戦いに入っていた。
「ここでラフマトに引導を渡すぞ!絡め網用意!」
ナディムの声が海の霧のなかに響く。彼の指示で船員たちが網を持って、舳先に身を潜めてチャンスを窺う。すると、突然ナディムが操舵する船——シーダ号の帆が、バリスタによって撃ち出された矢によって切り裂かれた。船員たちが反撃のバリスタを放つが、霧に隠れた小型の海賊船は素早く動き、矢のほとんどは海に吸い込まれる。霧の中から、ラフマトの嘲るような笑い声が響いた。
「わざわざ武装商船まで準備してるとは、ご苦労なこった!」
「その声はラフマトか!?よくも俺たちを裏切って、海賊なんぞに、なれたものだな?」
ナディムの怒声が応じる。ラフマトは、商船から聞こえてきた声に思わずニヤリとした。
「こいつぁ、驚いた。誰かと思えばナディムのジジイか!?」
ラフマトの声は軽薄で、どこか楽しげだった。
「おまえの悪行もこれまでだ!ペシミール商人の恥さらしめ!」
「だーはっはっは!こりゃ愉快な展開になってきたな。ジジイ自ら俺を討ちに来たってのか!やれるもんならやってみろ、そんな下手くそな狙いで当たるもんならな!」
ナディムは、船員たちに矢を射るよう指示を出す。バリスタに加えて、弓で海賊たちを狙う。だが、この霧に加えて、船の上は立ってるだけで揺れる。そこを船より的の小さい人間を狙うのは、熟練した技が必要になる。
普段、商船の乗組員である彼らに、そうした高い技術を要求するのは酷だった。船員たちが射る矢は、ほとんどが外れ海に吸い込まれていく。たまに狙い通り飛んでも、彼らが持ってる盾で阻まれる。
その隙に、ラフマト率いる小型海賊船はシーダ号にどんどん近づいていった。海賊船とシーダ号、霧の中でお互いの船員の顔が、ハッキリと確認出来る距離まで近づく。
すると、シーダ号の甲板に隠れていた船員たちが、絡め網を海賊船2隻の帆に目掛けて投げ込んだ。鉄鎖が唸り、海賊船2隻の帆に網が絡まる。帆布が裂け、舵が軋む音が響く。コントロールを失った2隻が接舷直前で潮に流されていった。
いつも拙書を読んで頂きありがとうございます。
☆、ブックマークして頂けたら喜びます。
今後とも何卒よろしくお願い申し上げます。




