計画の裏
「突然の変更には、理由がある。今まで、俺たちの船は時間や航路を変えても、ピンポイントで海賊に襲われてきた。それは、情報が漏れていたからだ。今回の計画も、既に海賊に漏れている可能性が高い。だから、急遽変更した」
その言葉に、商人たちの間に衝撃が走った。
「まさか、内通者がいるってのか?」と誰かが叫び、ざわめきがさらに大きくなった。
「ちょっと待ってくれ!」騒然とする中、ディディが声を張り上げた。
「可能性の話だろ? 南ルートなら遠回りになる。食料も水も足りなくなるぞ! 今から準備なんて無理だ! なあ、みんな?」
「確かに、ディディの言う通りだ」と他の商人が頷いた。
「今からじゃ間に合わねえよ」
ディディは周囲の反応を見て、さらに畳み掛けた。
「ほら、海賊なんかにビビって、準備不足で出航するなんて物笑いだ。当初の計画通りに——」
「水も食料も、追加で十分な量を積んである」
マハディがディディの言葉を遮った。
「みんなに黙っていて悪かったが、その心配はいらん」
「だ、だが、しかし……!」
ディディの声に焦りが滲んだ。
「ディディよ」
マハディの目が鋭く光る。
「船に乗らないお前が、なぜここにいる?」
「そ、それは、俺はみんなが心配で・・・・・・」
ディディは言葉に詰まり、視線を泳がせた。
「ニナ殿のおかげで、俺は目が覚めた。この数日、お前の行動を監視させてもらった。情報を流していたのはお前だな?」
ディディの周りに、商人たちの視線が一斉に集まった。
「な、何を証拠に!?」
ディディの声は震えていた。
「証拠? 証拠なら、この後わかるだろう」
マハディの声は冷たく、確信に満ちていた。
「ち、違う! 俺じゃない!」
ディディは叫びながら、商人たちを突き飛ばして出口へ向かった。だがその瞬間、サシャが素早く動く。彼女の足がディディの脚に引っかかり、彼は派手に転倒した。
「こんなのあたしの役割じゃないけど、悪いねー。逃げられちゃうと計画がパーだからさ!」
サシャは笑いながら、転んだディディを瞬時に縄で縛り上げる。ディディはもがいたが、サシャの力に敵うはずもなく、あっという間に手足を縛られ、商館の中に引きずり戻された。床にドサッと転がされたディディは、顔を真っ赤にして叫んだ。
「離せ! 俺は何もしてない!」
「おじいちゃん、逃げないようにしっかり見張っててね」
サシャがニカッと笑うと、マハディは苦笑しながら頷いた。
「ああ、任せておけ」
商館の大広間は再び静まり返り、ディディの叫び声だけが虚しく響いた。ニナは静かにマハディに近づき、囁いた。
「これで、ディディの動きを抑えられました。次の船団は海賊の妨害に遭わずに、無事にヘルセに着けるはずです」
マハディは頷き、深いため息をついた。
「お前さんたちの協力がなければ、ここまで辿り着けなかった。感謝するよ、ニナ殿、サシャ殿」
翌朝、夜明け前の静寂がバリワンガの港を包む中、クローブを満載した3隻の商船が、まるで幽霊のように音もなく南ルートへ向けて出航する。空はまだ薄暗く、星々が微かに瞬くなか、海面は鏡のように穏やかで、船の舳先が水を切る音だけが静かに響いた。
一方、予定された朝6時、計画通りの北ルートでは、別の2隻の船——シーダ号とフローラ号——が霧の海域へと滑り出す。
シーダ号は「空荷の船」として設計されていた。木箱には石と網が詰め込まれ、見た目は交易船と変わらないが、船首には海賊船の素早い動きを封じるための鉄鎖付きの絡め網が仕込まれている。
その後方を進むフローラ号には、船員に混じってサシャが乗り込んでいた。彼女の存在は、まるで嵐を予感させる重い空気のように、船員たちの間に緊張と期待を漂わせていた。
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