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無限の魔素の力を手に入れる

 朝の謁見を終えたアルスは、重い足取りで城内の図書室へ向かった。木の根で転んだという拙い言い訳が、謁見の間の空気を凍りつかせ、嘲笑を呼んだことに後悔が募る。あの洞穴での出来事を隠したのは正しかったのか――そんな不安と、真相を突き止めたいという切実な願いが、アルスを突き動かしていた。


 あのクリスタルの光、身体に流れ込んだ力、そして壁に刻まれた謎の文字。それらが何を意味するのか、知らずにはいられなかった。図書室の重厚な扉を開けると、無数の書物がアルスを出迎えた。古びた革装の歴史書、羊皮紙の巻物、埃を被った戦術論。棚に並ぶタイトルを一つ一つ確認しながら、アルスはそれらしい本を片っ端から探し始めた。


 埃っぽい空気が鼻をつき、時折差し込む陽光が本の背表紙を照らす中、一時間が過ぎ、二時間が過ぎても、求める記述は見つからない。昼食を挟み、再び図書室に籠って数時間が経とうとした頃、奥の薄暗い棚に、ボロボロの歴史書が目に入った。


 パラパラとページをめくると、そこには洞穴の壁に刻まれていた文字と驚くほど似た文字が記されていた。アルスの心臓が早鐘を打つ。「これだ!」と思わず叫び、その場に座り込んで本に没頭した。その歴史書は、七百年前に大陸を支配した大国ファニキアの記録だった。ページをめくるたび、色褪せたインクが遠い過去の物語を囁く。


 記述の中で特に目を引いたのは、「魔素」についての記述だ。魔素はこの世界の誰もが知る存在――空気中にも、人の体内にも存在し、身体強化や戦闘に欠かせない力。重い荷物を運ぶ農夫も、剣を振るう兵士も、魔素を操ることで力を発揮する。特に戦場では、魔素の使い方が勝敗を分けるほどの重要な要素だ。


 ファニキアは、七百年前に魔素を結晶化する高度な技術を持っていたという。あの洞穴の巨大なクリスタル――あれは、魔素の結晶だったのか? アルスは息を呑んだ。あの中に封じられていた膨大な魔素が、僕の身体に流れ込んだというのか?


 さらに読み進めると、結晶化した魔素は武器や道具に刻印石として埋め込まれ、耐久性や性能を飛躍的に高めていたこと、農業にも活用されていたことが記されていた。しかし、詳細は途切れ、ファニキアの王族同士の内紛が国を崩壊させた経緯が綴られていた。その結果、魔素結晶の技術は失われ、一部の王族が大陸のどこかに結晶を隠したという。そして、驚くべきことに、その結晶はファニキアの子孫のみが解放できると書かれていた。


 アルスは思わず唾を飲み込んだ。あのクリスタルが光を放ち、僕に反応したのは、ローレンツがファニキアの血統と繋がっているからなのか? だが、本にはそれ以上の手がかりはなかった。壁に刻まれた文字を解読できれば何か分かるかもしれない。アルスは新たな決意を胸に、古代文字の解読書を探す必要性を痛感した。


 翌日から、アルスは図書室で古代文字の解読書を探しながら、身体に取り込まれた魔素の使い方を調べ始めた。魔素を操るには、体内を流れる魔素をイメージし、意識的に動かすことが重要だ。魔素を使うことで身体能力は飛躍的に向上するが、持続時間は平均で二十分程度。


 使いすぎれば魔素が枯れ、気を失う危険がある。回復には時間がかかり、その間は身体強化ができない。体内魔素量は生まれつき決まっており、訓練で増やすことはできない――これがこの世界の常識だ。だが、アルスが魔素を身体に巡らせた瞬間、異変が起きた。身体能力があまりにも急激に上がり、頭がその変化についていけないのだ。


 走り出した途端、足が予想以上の速さで動き、着地のタイミングが掴めず転倒してしまう。まるで自分の身体が別人のものになったようだ。以前のアルスは、身体強化をしてもわずかに力が増す程度だった。


 だが、今、魔素を流し込むと、身体が数十倍も軽く、強く、速くなる。感覚が追いつかず、足がもつれてジタバタと転ぶばかりだ。さらに驚くべきことに、魔素を使い続けても、枯れる気配がなかった。体内から無尽蔵に湧き上がるような感覚――これは、常識ではありえない。アルスは呆然とした。この世界には、極めて稀に膨大な魔素量を持って生まれる者がいる。彼らは英雄や伝説として語り継がれる。一方で、ほとんど魔素を持たない者も存在する。そして、その一人こそ、かつてのアルスだった。




「魔素無し王子、我が国の恥だな・・・・・・陛下の嘆きは如何ばかりか・・・・・・」


 十歳の時、アルスは剣の御前試合に臨んだ。だが、最初の試合で惨敗した。試合開始直後は優位に進めていたが、身体強化が切れた瞬間、相手の動きについていけなくなった。相手は二歳年下の八歳の少年だった。観衆の嘲笑と、父王の側近の冷ややかな言葉が、アルスの胸に突き刺さった。


 それ以来、アルスが衆人の前で剣を振るうことはなくなった。そんな屈辱のたびに、前世の記憶が嵐のようにアルスを襲う。


「逃げろ、逃げてしまえ、死んで楽になれ」と囁く声。


 一方で、「逃げるな、逃げるな、また逃げるのか?」と叱咤する声。


 そして、決まって最後に浮かぶのは、母の陰鬱な笑顔だ。憔悴しきった顔に無理やり貼り付けたような笑みが、不気味に迫ってくる。


「逃げたくない!もう嫌だ!逃げるのはもうたくさんだ!」半ば脅迫的に、アルスは立ち上がった。何かに憑かれたように、鍛錬に没頭する日々が始まった。身体に宿った新たな力――魔素の結晶がもたらした可能性を、アルスはまだ知らない。この力が、ローレンツの未来を、そしていつか大陸の歴史を変えることになるなど、想像もしていなかった。

いつも拙書を読んで頂きありがとうございます。


☆、ブックマークして頂けたら喜びます。


今後とも何卒よろしくお願い申し上げます。

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「魔素無し王子、我が国の恥だな・・・・・・陛下の嘆きは如何ばかりか・・・・・・」 王族の一人に対して事実であろうと、聞こえよがしに周りに聞こえるように発言しても不敬罪にならないということは、この国の…
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