ペシミール商人 ディディ・ハディ
「ここは、さまざまな商会が運営する商会館で、宿泊施設として使われてるみたいですわ」
「うーん・・・・・・」
「フランツさま、どうしましたか?」
ソフィアは、商館を見て首を捻るフランツを見て尋ねる。
「いや、なんかさ。建物は立派だし、ケチをつける気も無いけど・・・・・・。今回の対応って、ゴドアの時より酷くないか?」
ソフィアはフランツの反応を見てクスっと笑った。
「フランツさまの仰る通りですわ。本来、使節を迎えるなら、公爵のゲストハウスなどで迎えるのが通例です。もちろん例外もありますが・・・・・・。今回は、ちょっと厳しいかもしれません」
フランツは複雑な表情でソフィアを見ていると、コレットが感嘆の声を上げる。
「すごーい、これ蜂蜜酒だ!あ、お部屋にお菓子がある」
いつの間にかコレットが部屋に先に入っていた。
ソフィアは最上階の豪華な個室に案内された。絹の寝具、香木の机、窓辺にはロアールの蜂蜜酒と帝国製の茶菓子が並ぶ。商会館の横には運河が流れており、川のきらめきと商品を運ぶ船の往来が目を引いた。
フランツ、コレット、ジュリ、ガルダ、パトスは共用スペースに宿泊し、帝国やゴドア、ハイデの商人たちの情報交換の場に身を置く。共用スペースは、交易の中心地らしく喧騒に満ち、ギルドの影響力が漂っている。
「パトスさんは、良い豆が見つかりましたか?」
コレットが尋ねると、パトスはにっこりしながら頷いた。
「おかげさまで、帝国産の良いコーヒー豆が手に入りました。これだけでも良いのですが、ゴドア産のものとブレンドしてみようかと思ってます。エミール殿が戻って来たら、ぜひ飲んで頂こうと思ってます」
パトスの言葉にガルダの表情が一瞬曇り、コレットは微笑んだ。
「うん!それなら、お兄ちゃんが帰って来た時に、パトスさんのコーヒーに合うお菓子でも作ろうかな」
「それは楽しみですね」
「コレット殿・・・・・・」
ガルダが呟くと、コレットは明るく返した。
「ガルダさん、気にしないでいいよ。お兄ちゃんは無事だったんだし、みんな一生懸命やってるんだから」
その一言で、ガルダは思わず頭を下げた。コレットはガルダから事情を聞いた時も、ガルダを責めることはしなかった。ガルダが責任を感じる必要はないと言って、逆に励まされたのだ。
「ところで、ソフィア殿のほうはどうでしたか?上手くいきましたか?」
パトスに尋ねられると、ソフィアは苦笑いで首を振った。
「あまり上手くはいかないみたいです。恐らく先方は、交渉のテーブルに着くつもりはないかと思いますわ」
「こっちは公爵と直接対話出来るかと思ってたら、執事が出て来やがった。バカにしてるぜ」
ソフィアに次いで、フランツが不満をぶちまける。
「失礼ですが、あなた方はファニキアの方々ですか?」
フランツの後ろに座っていた男が、振り返って唐突に話しかけた。色黒で焼けた肌はゴドア人を思わせるが、ゴドアとは衣装が異なっている。
「誰だ、おまえ?」
フランツが男の挙動に注意しながら尋ねる。その視線に気付いた男は笑顔を振りまきながら、言葉を繕った。
「いきなり不躾でしたね。申し訳ございません。私は商人のディディ・ハディと申します。ついお話が耳に入ったものですから、気になりまして。ついでに自分の商売の足しになれば、と」
ディディの本音丸出しの語り口に、毒気を抜かれたフランツは、思わず吹き出した。それを見てソフィアが彼の最初の質問に答える。
「仰る通り、私はファニキア王国のソフィア・フォン・バウアと申しますわ」
「おお、やはり!」
「どうして、我々がファニキア王国の者だと、わかったんですかな?」
ガルダの質問にディディは少し笑いながら答えた。
「それは、先ほどのやり取りからです。まずひとつは、公爵さまと会える人間は限られます。そうなれば、耳ざとい商人の間に、噂のひとつやふたつ流れるというものです。それと、先ほどそちらのお嬢さま——ソフィアさまが、会談について明快に答えておられました。それが、ふたつ目です」
「ひとつ目はなんとなくわかるが、ふたつ目がなんでファニキアと繋がるんだ?」
「もちろん、繋がります。国を代表する使者でこんなに若くて可愛らしい方は、ファニキア以外いませんからね」
フランツの質問に答えながら、ディディはソフィアにウインクする。キザな野郎だと思いながら、フランツはさらに質問を続けた。
「なるほど。それで、おまえと会話することでこっちには何か利益があるのか?」
「それは、まだわかりませんが・・・・・・。ちなみに、どんなものをファニキアは取り扱うのですか?」
「ガラスですわ」
ソフィアの答えに、ディディは驚いた反応を見せた。
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