交易の要衝 ロアールへ2
「ソフィアちゃん、これからお仕事だっけ?」
コレットがケーキを頬張りながら尋ねる。
「はい。この国の交易を司るゾルターン公爵の屋敷に、これからお伺いする予定ですわ」
「そっか! お仕事、うまくいくといいね。頑張って!」
コレットが手を振ると、ジュリとガルダも菓子に夢中なまま手を振り返す。パトスはすでにコーヒー豆を探しに市場の奥へ消えていた。
「ったく、なにが視察だよ。結局、甘いもん食いに来ただけじゃねえか・・・・・・」
フランツのぼやきに、ソフィアはくすりと笑う。
「でも、みなさんが一緒に来てくれたおかげで、今回の目的がより鮮明になった気がしますわ」
「そんなもんか?」
「ふふ、そうですわ」
市場を抜け、ロアールの王都の中心へ向かうと、壮麗な屋敷が立ち並ぶ一画が現れた。その中でもひときわ広大な敷地を誇るのが、ゾルターン公爵の居城だった。城の周囲には色とりどりの花々が咲き乱れ、まるで夏の息吹が凝縮された庭園のよう。
敷地内には小さな湖が静かに波を立て、運河の水音と響き合う。馬車が通る道には、歴代の公爵やロアール王の彫像が厳かに並び、精霊の紋章が刻まれた石柱が交易の繁栄を物語っていた。
「狭い国のはずなのに、こんなバカでかい屋敷作って・・・・・・」
馬車から見える景色に、フランツがさっそく悪態をつく。ソフィアは微笑みながら応じた。
「それだけ、この国に富が集まっている証ですわね」
「まあな・・・・・・」
馬車はやがて、荘厳な門をくぐり抜け、居城の入り口に滑り込む。左右に立つ衛兵の視線を背に、ソフィアとフランツは石造りの階段を登った。扉の前で案内人に用件を告げると、巨大な扉が静かに開き、城内へと導かれた。
城内は、大陸中の芸術品で彩られていた。壁にはペシミールの風景画、マルムートの彫刻、ハイデのタペストリーが飾られ、階段の先にはゾルターン公爵の威厳ある肖像画が掲げられている。絵画の脇には、金の燭台が揺らめいていた。老執事の案内で、ソフィアとフランツは豪奢な待合室に通され、しばし待機した。
やがて、別の部屋へと導かれ、絹のカーテンと金箔の装飾が施された、息をのむほど壮麗な部屋に足を踏み入れる。そこには、先ほどの老執事が静かに立っていた。
「ファニキア王国のソフィアさま、フランツさま。ロアールへ、ようこそおいでくださいました。会談の件でございますが、まずは私がご要望を承ります」
フランツの眉がピクリと動く。
「俺らは国の使者だぞ? なんであんたと——」
その言葉を遮るように、ソフィアが穏やかだが力強い声で口を開いた。
「私たちは、ファニキア王国アルトゥース陛下の正式な使者として参りました。事前にゾルターン公爵との謁見を約束しております。これは個人間の約束ではなく、ファニキアとロアールの国としての約束です。それを違えるおつもりでしょうか?」
老執事は一瞬、動揺を隠せなかった。目の前の可憐な少女から放たれる、意外なほどの威厳に圧されたのだ。しかし、すぐに平静を取り戻し、丁寧に答えた。
「失礼いたしました。ご指摘の通りでございます。ですが、本日は私がご要望を伺い、後日改めてご返答させていただきたく存じます。無礼をお詫びいたします」
ソフィアは微笑みを崩さず、しかしきっぱりと言い放つ。
「申し訳ございませんが、私たちはゾルターン公爵との約束を果たすため参りました。公爵ご本人とお会いするまで、お話しすることはございませんわ」
執事は一瞬、目を細め、ソフィアの決意を量るように見つめた。
「左様でございますか。承知いたしました。公爵に確認の上、改めてご連絡いたします。しばらくお待ちくださいませ」
「かしこまりましたわ」
ソフィアは優雅に会釈し、フランツと共に部屋を後にした。
その後、ソフィアとフランツは公爵の部下の案内で、市場に戻る。一旦馬車を降り、待ち合わせの場所にしていた広場の彫刻の前に着くと、コレットやジュリたちが待っていた。
彼らと合流した後は、宿泊施設となっているマーサントホールに到着した。市場の喧騒に隣接し、石造りの外壁に各国を代表する商会の旗が揺らめいている。
「ほほう、これまた異国情緒溢れる雰囲気ですね・・・」
パトスが感慨深げに館を見上げる。
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