交易の要衝 ロアールへ
アルスたちがガラス会議をやっていた少し前、ソフィアは北の経済の要衝、ロアール王国最大の交易都市——ヴィラーニャの市場に足を踏み入れていた。ロアールは、ファニキア、ゴドア、ハイデ、ヘルセ、そして強大なザルツ帝国と国境を接する小さな王国である。周辺の大国に囲まれ、緊張が漂うその地は、しかし、その地理を逆手に取り、交易の中心として繁栄を築いてきた。
たとえ隣国と剣を交える戦争が起ころうとも、ロアールの市場は途絶えることなく、あらゆる物資が集い、行き交う。広大な湖を中心に、四方に運河が張り巡らされ、船で重い荷物を軽々と運ぶ設計は、商人たちの心を掴んで離さない。
市場に響く運河のせせらぎ、馬車の車輪が石畳を軋ませる音、そして異国の商人たちの熱気ある声が、色とりどりの喧騒を織りなしていた。そこには、ペシミールの果実やゴドアの香辛料、ハイデの毛織物、ヘルセの刀剣、そして帝国の精緻な工芸品まで、大陸中の宝が集う。まるで世界の縮図が、この小さな王国に凝縮されているかのようだった。
その喧騒の中、ひときわ目を引く一団が市場を闊歩していた。そこにふたりの可憐な少女を先頭に歩く集団がいた。その後ろに続くのは、眼光鋭い戦士に斧を持つ大男、角を生やした男女である。異邦の風貌と華やかな装いが、市場の雑踏に奇妙な彩りを添えていた。
「ソフィアちゃん、あそこ! 美味しそうな香りがするよ!」
コレットが無邪気に声を上げ、香ばしい甘い匂いの方へ駆け出す。ソフィアがその後を追いかけると、そこには帝国製の茶菓子が色鮮やかに並ぶ屋台があった。金色のケーキ、粉砂糖をまぶしたクッキー、艶やかな果実のタルトが、陽光にきらめく。周辺のテーブルでは、商人や旅人がコーヒーの香りに包まれ、談笑しながら菓子を頬張っている。
「まあ、なんとも美味しそうですわね」
ソフィアが目を細め、感嘆の声を漏らす。
「ここで少し休憩しましょうよ!」
コレットの誘いに、ソフィアは振り返り、後ろの一団を見やった。フランツの不機嫌そうな顔、ジュリとガルダの好奇心に満ちた目、パトスの穏やかな微笑みがそこにあった。
「ほっほ、なんとも心惹かれる香りですな。ぜひとも腰を落ち着けましょう」
パトスが老練な口調で言うと、ジュリとガルダが揃って何度も頷く。だが、フランツは眉をひそめ、苛立ちを隠さなかった。
「ったく、なんでソフィアの護衛にこんなゾロゾロ付いてくるんだよ? ひとりで十分だろ?」
「大陸中の甘味——関心が集まってるんだ。隣国だし、一度は視察すべきだろう?」
ジュリがクリームのついた口元で反論し、ガルダが力強く頷く。
「そうですぞ! こんな機会、滅多にありませんからな!」
フランツは、ふたりの下手な言い訳に、呆れたように両手を挙げ、首を振った。
「ったく・・・・・・」
コレットはテーブルに並んだケーキを頬張り、目を輝かせる。
「ん! これ、すごく美味しい! どんな材料使ってるんだろう?」
その言葉に釣られ、ガルダも同じ菓子を注文する。
「ご主人、このケーキと、あのクッキー、それからそっちのタルトもお願いしますぞ!」
「私はこのイチゴのケーキと、シフォンケーキ、それからあそこのモンブランも頼む!」
ガルダの注文に、ジュリが負けじと追加する。瞬く間に、ふたりの前には菓子の山が築かれた。
フランツはそれを横目に、コレットに尋ねる。
「なあ、コレット。おまえもお菓子目的か?」
「『も』とはなんだ?私らはゴドアとの交易路となる、隣国の視察目的で来たんだからな?」
ジュリがもっともらしく言うが、口元のクリームがその説得力を台無しにしている。
コレットは笑顔で答えた。
「うん、アルスさまが計画してる自由都市で、ディーナちゃんとお菓子屋さんを開けたらいいなって思ってるの。ロアールにはいろんなお菓子があるって聞いたから、どんなレシピがあるか見てみたかったんだ」
「まあ、なんて素晴らしい計画ですわ!」
ソフィアが目を輝かせ、コレットの夢に共感する。フランツはふと、かつてローレンツの王都ヴァレンシュタットで似た話を聞いたことを思い出した。
「てことは、お前らふたりとも店で働くのか?」
「ううん、さすがに料理の仕事を放って店に立つのは無理だよ。ディーナちゃんも忙しいしね。だから、レシピを作って、店員さんにお任せしようかなって。それで、ロアールの市場を見て、どんなお菓子があるか知りたかったの」
「そうですわね。さすが交易の要衝と呼ばれるだけありますわ。異国の品々がこんなにも集まるなんて、まるで宝の山ですもの」
ソフィアが市場を見渡しながら言う。確かに、そこには見たこともない果物や香辛料、精巧な武器や防具が溢れ、商人にとっては夢の舞台であり、周辺国の民にとっては欠かせない生活物資の源だった。
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