ガラスをつくろう2
「どうして、うちの連中はこんなんばっかなんじゃろうな・・・・・・」
エルザは気を取り直し、ガムリングと共に説明を始めた。
「窯の温度が低いのは、酸素供給だけでなく、熱の逃げが問題でした。窯の内壁に耐火粘土を厚く塗り、熱損失を抑えたんです。さらに、煙突を高くして空気流を安定させ、温度を1500℃近くで安定させました」
アントンがまたもや席から熱心にジェスチャーを送るが、エルザは気づかず首を傾げてニコッと微笑む。アントンは再び肩を落とした。
「それと、アルスさまの提案で、窯に観察窓を設けました。耐火ガラスは難しいので、雲母を使った小窓を設置。熱に強い雲母のおかげで、ガラスの溶融状態を直接確認できるようになりました」
ガムリングが部屋の隅の木箱に歩み寄り、蓋を開けると、そこには驚くほど透明なガラス板が現れた。緑がかりや気泡がなく、表面は滑らかで、陽光を浴て水面のような輝きを放つ。一同から感嘆の声が上がる。
「凄い成果だよ! 僕の知識も曖昧だったから、皆に苦労をかけたけど、1年でここまで来るとは思わなかった!」
アルスが身を乗り出し、ガラスを眺める。従来のガラスとは異なり、歪みや気泡がなく、現代の品質に匹敵する。
「まだ終わりじゃありません!」
アントンが我慢しきれず立ち上がり、説明を奪う。
「従来は、溶けたガラスを回転させて広げるクラウン法を使っていました。ですが、表面がでこぼこで厚みが均一にならず、鏡には不向きでした。アルスさまの提案で、錫を使ったフロート法を導入したんです。平らな石板に錫を薄く流し、その上にガラスを浮かべると、滑らかで歪みのない平板ガラスができたのです」
ガムリングが被せる。
「その平板ガラスが、鏡の品質を飛躍させたんですわ。水銀メッキは毒性が強く、反射率も低かった。代わりに、銀と錫の合金を薄く塗布しました。これがその成果です」
ガムリングがもう一つの木箱から取り出したのは、ガラス鏡だった。ミラとエルザから感嘆の声が漏れる。従来の水銀メッキ鏡の反射率は40~50%だったが、この鏡は80%に達する。アルスは現代知識で銀と錫の効果を知っていたが、塗布の技術はアントンとガムリングの試行錯誤に委ねられていた。その努力が、ついに結実したのだ。
「ほう、これは・・・・・・見事じゃ! 儂が・・・・・・儂が、美しい!」
ミラが鏡を覗き込み、思わずポーズを取る。
「試作品は何度か見ましたが、これは最高の出来です!」
エルザも目を輝かせ、鏡に顔を寄せる。
アルスは苦笑しつつ、商業化の話題をニナに振った。
「これを製品化すれば、相当な利益が見込めると思う。ニナ、どう思う?」
だが、ニナは反応しない。立ったまま、まるで風に揺れる案山子のように体がゆらゆらと揺れ、ついにテーブルに倒れ込み、額を強打した。
「ぎゃああああ! す、すみません、ミラさま! 殴らないで~!」
涙目でテーブルに謝るニナに、鏡を見ていたミラが呆れた表情で振り返る。
「貴様、誰に謝っとるんじゃ?」
ニナはテーブルとミラを交互に指差し、ようやく目を覚ました。
「あ、え?あれ?えっと・・・・・・すみませんでした!」
「大丈夫、ニナちゃん?」
ディーナが優しく声をかけ、ニナを介抱した。会議は再開され、商業化の議題に移る。ニナは得意分野になると別人のように機敏に動き出した。
「皆さんの努力で、ガラスと鏡は世界最高の品質に達しました。技術的には、これ以上ない出来栄えです」
「問題は材料じゃな?」
ミラの問いに、ニナが頷き、ボードに近隣地図を貼る。
「我が国ファニキアにも石灰は採れますが、少量です。周辺国ですと、ヘルセ、ルンデル、ハイデ、ロアール、ローレンツですが、ルンデルやローレンツは自国の分を賄うほどで売るほど採掘してません。また、ロアールにもありません。ヘルセやハイデは関係性があまり良くないので除外します」
「ゴドアはどうじゃ?」
「ゴドアには石灰がありますが、遠方で重いため、輸送コストがかさみます。そこで、南に目を向けました。」
「南・・・・・・ペシミール諸島か!」
ミラの指摘に、ニナが微笑んで頷く。
「その通りです。ペシミールは良質な石灰が豊富で、船ならシャルミールに直送できます。輸送コストも抑えられ、材料費を大幅に削減可能です。アルスさま、ミラさま、いかがでしょうか?」
「良いね! 材料費が高ければ販売価格も上がる。ペシミールから輸入できれば助かるよ」
「儂も、異論なしじゃ」
アルスとミラの了承を受け、ガラス製造は本格始動の時を迎えた。ニナはペシミールとの交渉準備に取りかかり、ミラとエルザはエディエンヌ川沿いの水車を増設し、遠くシャルミールの西で窯と工場の拡張を進める。アントンとガムリングは、シャルミールに集まった職人たちを指導し、工程の効率化に日々励む。ファニキアのガラス計画は、着々と進行していった。
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