領内改革と技術革新
一週間後、エルン城の執務室で、アルスとマリアが領地改革の計画を話し合っていた。そこへ、いつも以上に真剣な面持ちのフランツが入ってきた。先日、フランツとガルダには野盗討伐と畑の柵修理を依頼している。
「ざっと領地の巡回と畑の柵を見て回ってるんだが、領民の家の崩壊も酷い。ありゃほとんどあばら家だ。何とかならないか?」
「ちょうど今そのことについて話していたところだよ」
「おお、そりゃよかった。で、なんとかなりそうか?」
「昨日、ここで建築作業を生業としてる領民と会って相談してきたところだよ。順番に修繕をしていくことになったから。それと、このポイントに村を建設しようと思う」
アルスは地図を広げ、エルン城から北東の川沿いを指差した。北の村ハイムと南の村ウルムの中間地点だ。近くの森林地帯で木材を伐採し、舟で運べば効率的だ。
「これが建設予定図。まだラフだけどね」
「おお!もうここまで出来てるのか!?すごいな!」
「いや、実際すごいのは僕じゃなくてマリアなんだ。僕が思いつくアイデアをどんどん形にしてくれて」聞いてるマリアは隣で照れ笑いをしている。
「なるほどな」
「あと、あまりに酷いところは教えてほしい。修繕が完了するまでは城内の兵舎で寝泊りすることも可能だから」
「ああ、助かる!それなら俺は巡回しながら様子を聞いて回ってみるわ」
そう言って、フランツは足早に巡回に戻って行った。ぼろぼろの領地を立て直すために、フランツも一生懸命に取り組んでくれている。そう思うとアルスも気が引き締まる思いがした。
※※※※※
一か月後、アルスは試行錯誤の末、水車の設計図を完成させる。村の浮き水車は、二隻の小舟の間で回転する仕組みだが、川岸に綱で固定されるため水上交通の妨げとなり、事故が多発していた。アルスは領内の13基の水車を全て陸上固定型に変更する計画を立てた。鍛冶師ガムリングと何度も議論を重ね、二か月かけて回転軸にベアリングを組み込んだ新型水車が完成。エルム歴734年3月、北の村ハイムでそのお披露目が行われた。
川の流れを背景に、アルス、フランツ、ガルダ、ギュンター、ヴェルナー、エルンスト、マリア、エミール、そしてガムリングが揃い、領民の人だかりができた。
「村のみなさーん、今日はお集まりいただきありがとうございます。みなさんのおかげで新型水車がついに完成しました!」
アルスがそう言うと拍手と歓声が沸き起こった。
「この新型水車には回転軸の摩擦を減らして効率を上げる構造になってます」
「おお、それならもう頻繁に故障で止まったりすることはないのか?」その場にいた村人が声を上げた。
「はい!故障することは格段に減ると思います」
「そりゃあ、ありがたい!いつも肝心な時に壊れてたからなぁ」
「ああ、そりゃあ何より嬉しいよ。あたしゃパン屋だからね、今までどんだけ苦労してきたことか」
パン屋のおばちゃんが涙ぐんで喜んでくれている。うんうん、こういう光景を見ると苦労してきた甲斐があったというものだ。そう思いながらアルスはさらに続けた。
「この新型水車にはもうひとつ機能を加えてあります。新型のカム軸も加えてありますので製粉の時にはより滑らかな動きが出来るようになってます。もちろん製鉄や皮をなめす作業にも使えます!詳しいことはここにいるガムリングさんが説明してくれます」
カム軸はおにぎり型の回転軸で、回転運動を叩く動作に変換し、製粉だけでなく鍛冶や革加工の効率を飛躍的に高める。ガムリングの説明に、領民から質問が飛び交い、アルスとガムリングが丁寧に応えた。新型水車のお披露目は領民たちの間でも評判が良く成功の内に幕を閉じたのであった。
この三か月で、アルスの改革は実を結び始める。あばら家だった住居は全て修繕され、保護していた領民も自宅に戻った。フランツとガルダの討伐隊が野盗を一掃し、治安は劇的に改善。エミールの見回り隊と柵の修理で獣被害も減少した。
特に驚くべきは、アルスの魔素結晶の効果だった。細かな結晶を肥料に混ぜて畑に撒くと、野菜の生育が劇的に早まり、通常5月に収穫の作物が3月に育つ。収穫量は二倍から三倍に跳ね上がり、食糧不足が解消。余剰は周辺の村に売れ、経済に活力をもたらした。
アルスは北の林に材木置き場を設け、伐採と加工を進め、舟で新村の建設予定地へ運んだ。身体強化に優れた仲間と共に作業を進め、効率的に資材を確保。新村の建設は着々と進んでいってる。
さらに、アルスは大胆な税制改革に踏み切った。三大ギルドの特権――税免除や販売権の独占――を廃止し、行商人にまで税免除を拡大。個人商人が利益を得やすくなると、近隣から行商人が集まり、経済が活性化。人口は爆発的に増加し、税収の基盤が整いつつあった。
アルスの真の狙いは、いわゆる兵農分離である。農民を農業に専念させ、兵士を訓練で強化する――その布石として、商人保護で経済を活性化させたのだ。エルン領は、かつての荒廃が嘘のように活気づき、アルスの改革は新たな時代を切り開こうとしていた。
だが、この繁栄の先に、三大ギルドの影やベルンハルトの十傑が潜んでいることを、アルスは忘れていなかった。未来への挑戦はまだ始まったばかりなのである。
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