一騎打ち
アルスの下に後方の部隊が戻ってくると同時に、ローグ麾下の奇襲部隊の殲滅とエミールの重体が伝えられた。アルスはその報告を黙って聞きながら、唇を強く嚙んだ。エミールの笑顔が脳裏をよぎり、胸が締め付けられる。彼の命が助かるかどうかはまだわからない。戦争の勝利が、途端に血の味に変わっていくような感覚を覚えた。
「・・・エミール、ごめん。僕がもっと早く気付いていれば・・・」
アルスは目を閉じ、深く息を吐いた。だが、今は立ち止まる時ではない。仲間たちの犠牲を無駄にしないためにも、最後まで戦い抜かなければならない。
アルスは合流した部隊を再編し、攻める姿勢を見せた。
戦場を一望する丘の上から、敵軍の動きを冷静に観察する。敵軍はすでに退却を始めていたが、その後方中央で指揮を執るひとりの人物がアルスの目に留まった。包帯に覆われた顔、異様な威圧感を放つオーラ、そして部下たちに的確な指示を出す姿——。
(あれが・・・敵の総大将・・・・・・)
アルスは名前も姿も知らないその人物が、敵軍の中心であると直感した。敵の総大将を討つことで、この戦争を完全に終結させ、さらなる犠牲を防ぐことができる。
「パトス、エルンスト。戦場の指揮を頼む。僕はあの騎士を追う」
「アルスさま、それは危険です!」
パトスが制止しようとするが、アルスの目はすでに戦場を離れ、敵将だけを見つめていた。
「この戦いを終わらせるために必要なことだ。・・・頼むよ」
パトスは一瞬躊躇したが、アルスの決意を感じ取り、頷いた。
「わかりました。どうかご無事で」
アルスは馬に乗り、単身で敵軍の後方を追った。
ローグは角笛を鳴らし、退却を指示していた。兵たちは潮が引くように戦場から去っていく。だが、その時、馬蹄の音が近づいてくるのをローグは感じ取った。
「・・・ほう。その身なりとオーラ。ファニキアの王か?敵の王が単身で追って来るとはな」
ローグは振り返り、馬を駆るアルスの姿を認めた。包帯の隙間から覗く蛇のような瞳が、冷たく光る。
「退却を確実にするためにも、ここでその小僧の実力を試しておくのも悪くないな」
ローグは馬を降り、剣を手に持つと、アルスを迎え撃つ姿勢を取った。
アルスは馬を止めて下り、敵将と対峙した。戦場の喧騒が遠ざかり、ふたりの間に静寂が広がる。
「あなたがこの軍の総大将とみた。この戦争を終わらせるために、ここで討つ」
アルスの声は静かだが、確固たる決意に満ちていた。
「フフフ・・・。面白い。俺の策を破った小僧が、どれほどの剣技を持っているか見てやろう」
ローグの声は冷たく響き、蛇のような瞳がアルスを値踏みするように見つめた。
刹那、アルスが剣を抜き、魔素を全身に纏わせた。膨大なオーラが放出され、周囲の草木が震え、地面がわずかに揺れる。ローグもまた、剣を構え、暗いオーラを放ち始めた。
アルスは一気に間合いを詰め、剣を振り下ろす。ローグはそれを正確に受け流し、反撃の斬撃を繰り出した。横に薙ぐ、振り下ろす、弾く、ずらして突く、斬り返す——二人の剣技は互角だった。アルスの剣は高速で繰り出され、ローグの剣はそれを正確に弾き返す。剣と剣がぶつかり合い、火花が散り、オーラの衝突が爆発音を響かせた。
「・・・やるな、小僧」
ローグは感嘆しながらも、剣先にオーラを集束させ、一撃を放つ。黒い衝撃波がアルスを襲い、地面を抉りながら迫る。アルスは咄嗟に剣で受け止め、自らのオーラを爆発させて衝撃波を相殺した。
「その程度で!」
アルスはさらに魔素を集中させ、剣先に膨大なオーラを集束させた。オーラが剣先に渦巻き、極大の衝撃波となってローグを襲う。ローグは剣を振り抜き、衝撃波を切り裂いたが、その衝撃で身体ごと押され、後退を余儀なくされる。
「ほう。 人の身でここまで武技を極めるとは・・・」
ローグの声に初めて驚きが混じる。包帯の隙間から覗く瞳が鋭く光り、再び剣を構えた。
ふたりの剣撃が再び激しくぶつかり合う。アルスの剣が風を切り、ローグの剣がそれを弾き返す。互いのオーラが衝突し、爆発音が戦場に響き渡った。アルスのオーラが爆発的に膨れ上がる。同時に、赤い刀身は紫に、やがて神々しいほどの白い光を放ち始め、アルスの身体に取り込まれていく。
「なんだ、その技は・・・?」
アルスの身体に取り込まれたオーラにより、血液が異常なまでに高温となる。全身から噴き出す蒸気のような汗。ローグは、見たことのない技に半歩下がって剣を構え直す。
(小僧の雰囲気が変わった・・・!?)
「天神雷鳴。一気に決着をつける!」
アルスは且つてベルンハルトとの決着をつけた禁忌の技を、躊躇なく使った。体内に取り込んだオーラで直接神経を刺激し、限界以上の身体能力を引き出す諸刃の技。天神雷鳴。ゆらりと揺れたアルスの身体は、残像を残して消える。刹那、ローグが今まで体感したことのない剣速と剣圧が降り注ぐ。
ギィィィィィィィィィィィィィィィィィィン!!
「ぬうっ!?」
金属と金属が摩擦し、無数の火花が闇の中に一瞬だけ浮かび上がる。ローグは無意識に半歩下がっていたお陰で、辛うじて刀身をずらして受け流した。アルスの姿はすでにローグの後方まで飛んでいる。ローグは笑った。
「これは飛んだ奇跡だ。軍略だけでなく個人の武まで俺の想像を遥かに超える。ならば、俺も見せなくては礼を欠くというもの」
ローグはフードを上げ、顔の包帯をほどいていく。蛇のような瞳でアルスを睨む。
「邪眼一族は戦闘を好み、戦闘に特化している。普段、顔を隠すのはこのような見た目もあるが、相手を認めたときのみ顔を晒すようにしている。俺の名はローグ・シェイドヴェル、貴様を俺の敵として認めよう」
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