ふたりの天才
その夜、アルスたちは捕らえたジザ辺境伯から話を聞こうとしていた。後ろ手に縛られたジザは、魂が抜けたようになっていた。この戦に勝てば、ジザは解放されるはずだった。
ところが、結果は敵軍に捕まり明日をも知れぬ状態である。だが、同時に、やっと悪夢から解放されたような気分にもなっていたのだ。兄弟を殺し、親友を手にかけ、隣国の罪のない大勢の人々を殺してしまった。それも全ては、自分が長男の地位を奪うために、3大ギルドと関わったことから始まったことだ。
「あなたは、軍人ではないですよね?」
アルスの問いに顔を上げたジザは不意に笑った。
「おい、陛下に対して失礼だぞ!」
ジュリが声を荒げると、ジザは「すまない」と素直に謝ったあとに続けた。
「まさか、こんな少年に完膚なきまでに敗けたとは思ってなかったので・・・・・・」
「軍人でないあなたが、何故戦場に?」
「なぜ、私が軍人ではないと?」
質問に対し質問で返したことにジュリが文句を言うのを手で抑え、アルスはジザの疑問に答えた。
「所作を見ていれば、わかる」
「そうか、所作か・・・・・・。なるほど、人を大勢殺しても軍人にはなれないのか」
「おい、貴様!」
ジュリの怒声が森に響く。アルスはもういちど同じ質問を繰り返した。それでようやくジザは答えた。
「私の名前はジザ・シルバティ、ヘルセの辺境伯だ。何故ここにいるか?それは、私が聞きたいくらいだよ陛下」
「どういうこと?」
「陛下は、ユーベルタール北方商会をご存知か?」
アルスは黙って頷いた。
「気を付けたほうがいい。奴らは悪魔だ。そして、私は悪魔に魂を売った人間だ・・・・・・」
「貴様、いったい何の話を——」
ジュリがもう一度怒りの声を上げようとした時、兵士が急いで走って来た。
「陛下、正面から敵襲です!」
「数は?」
「松明の数からおよそ2万と思われます!」
兵士が報告してる間にジュリが何かを感じ取る。彼女は南の川を睨みつけていた。
「アルスさま——!」
ジュリが口を挟もうとした瞬間、南側からも兵が走って来る。
「陛下!南の川で動きがありました!恐らく奇襲を仕掛けてくるつもりです」
「やっぱり来たか。よし、鏑矢を上げた後に火矢を3回上げてくれ。エミールは弓隊を、ガルダは歩兵を率いて迎撃!」
「わかりました」 「さて、やりますかな!」
「あ、それからもうひとつ。エミール、敵が渡河中に動けなくなったところを一斉射撃。ガルダは、渡河した敵を各個撃破してくれ」
「動けなくなるんですか?」
アルスは、エミールの問いにいたずらっぽく笑って答える。
「なるだろうね」
エミールとガルダは、それぞれの部隊を率いてすぐにレムルス川に向かう。
「さて、敵の奇襲は彼らに任せて、僕らは正面の敵に対処するとしよう」
アルスはエルンスト、パトス、ジュリを率いて正面から迫って来るローグ軍とぶつかる。
「ローグさま、どう攻めますか?」
ヴォルグの問いにローグは冷たく笑って答える。
「ジザの兵は訓練も受けてない兵だ。こいつらに陣形を組ませる意味などない」
「それでは——?」
「かがり火の数からいって、正面の敵の数はおよそ1万だろう。闇に紛れておまえの武と数の力で圧した方が早い。ここに来て、もはや小細工など不要だ」
「なるほど、では全軍突撃ですね」
「そうだ」
そのとき、南のレムルス川付近から鏑矢に続いて3本の火矢が立て続けに上がった。ローグはそれを見て瞼がぴくっと動く。しばらく考えてから、低く笑った。
「フフフ、なるほど。やはり、看破してたか!まさかと思ってたが・・・面白い、面白いな。俺の策を破るか?ファニキアの王よ」
ローグはひとしきり笑うと、右手を挙げて叫んだ。
「全軍、突撃!」
雄叫びと上げながら、ジザの兵士たちは駆けだす。地響きを上げて2万の軍勢が一斉に動き出すと、月明かりに照らし出された鋼鉄の剣と槍が、キラキラと不気味に光った。
それを見てアルスも突撃の合図を出す。
「さあ、行こうか!」
アルスは剣を抜き、オーラを全身に纏わせた。彼の身体から放たれる膨大なオーラが、周囲の草木を震わせ、敵兵を圧倒した。
剣と剣、矛と矛がぶつかり、雄叫び、叫び、断末魔の悲鳴が飛び交う。レムルス川沿いの風に乗って、草の香りはあっという間に血の匂いに塗り替えられていった。
いつも拙書を読んで頂きありがとうございます。
☆、ブックマークして頂けたら喜びます。
今後とも何卒よろしくお願い申し上げます。




