ローグの誤算
たかだか数千だと思っていた敵軍の数が、予想より多く、遥かに強いとジザが気付いた時、事態はさらに悪化する方向へと転げ落ちて行った。
「ジザさま!横から騎兵が!」
「く、盾兵を並べて対処しろ!」
「ジ、ジザさまぁ!背後から敵軍です!」
「なんだと!?いったい、何が起きてるんだ!?」
鏑矢の音を聞いて、パトスは騎馬隊1000騎を率いて横から突撃。エルンスト率いる1万は死角となっていた丘陵地帯の向こう側からいつの間にか引き返し、ジザ軍の後背から突撃した。ジザ軍は瞬く間にその数を減らしていく。
ジザ軍の盾兵が何とか陣形を整えようとするが、パトスはオーラを剣先に集束させ、衝撃波で盾兵を吹き飛ばした
「将は・・・あれか」
パトスの視線の先には、混乱状態に陥ったジザ辺境伯の姿があった。そのまま騎馬兵と共に突撃するパトスを止められる兵は、ジザの周りにはいなかった。ジザの視界にパトスの異形の姿が目の前に迫る。
「・・・・・・・鬼!?」
ジザがそう呟いた直後、パトスを映したジザの視界は歪み、意識は暗い淵に沈んでいった。
「おまえたちの将は、このパトスの手の内にある!退け、勝負はついた」
パトスがジザを担ぎ上げ、ジザの兵に宣告する。パトスの周囲を中心にアルス軍の勝利の歓声が沸き上がり、ジザ兵は四散し壊滅した。
ローグの下にジザの伝令兵が到着したのは、既に彼がアルス軍に突撃した後である。
「ジザさまより、伝令です。ファニキア軍は北の丘陵地帯目指して進軍を開始しました。それと同時に、輸送隊を発見したので、これより輸送隊と共にファニキアの後詰めを殲滅するとのことです」
「なんだと!?」
「ファニキア軍が北に進軍を開始したと——」
「違う、輸送隊の話だ!なぜ勝手に突撃など?どの程度の兵を動かしたのだ?愚物がっ!」
ローグが近くにあった木を拳で叩きつけると、木がミシミシと揺れ亀裂が入った。人間離れした力に、伝令兵の額に冷汗が流れる。
「角笛が聴こえたから何事かと思って帰ってみれば・・・。くそっ、よりにもよって俺が現地の偵察に行ってる間に・・・・・・!」
ローグは拳を握り締めた。
「貴様、もう遅いかもしれんが、今すぐ戻ってジザに撤退するように伝えよ。恐らく罠だ」
「わ、わかりました!」
ローグは斥候を飛ばしつつ、自身も南の森の境界まで出て平野を確認する。だが、南の森は平野から傾斜して下っており、目視は出来ない。斥候の情報によれば、ジザ軍が襲った輸送隊の積み荷から、大量の煙が出たため視界が塞がれてしまい、何が起こってるのかわからなかったということだった。
「イルマ、おまえにここの兵を預ける。詳細は先程、伝えた通りだ」
「はっ」
イルマと呼ばれた黒衣の人間は、踵を返して戻ろうとするが、一瞬足元がふらついたのをローグは見落とさなかった。
「待て」
「前回、飲んだのはいつだ?」
イルマは、ピタッと動きが止めて振り返った。彼女の声には微かな震えが混じっていた。
「さ、三か月前です・・・」
「周期が短くなってきたな?」
「わ、私はまだ大丈夫です、ローグさまのお役に立てます!」
イルマの声には必死さが滲んでいた。邪血漿の摂取周期が短くなることは、彼女の身体が限界に近づいている証だった。だが、ローグに逆らうことは死を意味する。
「・・・・・・」
ローグは無言でイルマに小瓶を渡した。
「あ、ありがとうございます」
イルマが小瓶の蓋を開けると、鼻をつくような独特の匂いが周囲に広がった。イルマは小瓶に口をつけると一気に飲み干す。だが、その手は微かに震えていた。
「では、行って参ります」
ローグの包帯の隙間から蛇の瞳がイルマを値踏みするように、上下していた。
ローグは、ジザの残した兵1万と合流する。直後に、ヴォルグが戻って来た。放っていた斥候から得た情報によれば、ジザ軍は輸送隊を襲いつつ、そのまま森の奥深くまで侵入。北の丘陵地帯から戻って来た攻撃部隊に背後を突かれて、ジザは捕らえられ、軍は壊滅したとのことだった。それを聞いてローグはため息をついた。
「奴は、己の力でラウナ・シュッツを落としたとでも勘違いしたのか!?必ず俺に報告しろとあれほど言ったにも関わらず、独断で動きおって・・・。しかも、権限を与えた上限まで兵を動かすとは・・・・・・」
「ローグさま・・・」
「俺は奴を無能だと思っていたが、それ以下の低能だったようだな」
「このあとは、どうされますか?」
「無論、俺が指揮を取る。今度はジザのようにはいかぬぞ」
ローグは伝令兵に指示を出して、イルマに計画の微修正を伝える。
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