戦術 VS 戦術
「恐らく、敵の狙いは、僕たちをこの平原に引きずり出したいんだと思う。それに——」
アルスがそこまで話していると、伝令兵が走って来た。
「陛下!敵軍が東の森に現れました。数は5000です!」
一同に緊張が走るなか、アルスは「ありがとう」と言って説明を続ける。
「これで敵の狙いははっきりしたね。やはり、追って来ない可能性が高くなったよ。敵の狙いは、残った僕らの軍を各個撃破して叩くつもりだ」
「しかし、それでも万が一、敵が追って来たとしたらどうしますか?」
アルスは、ジュリの質問に笑って答えた。
「それならそれで構わないよ。北の丘陵地帯から西に回って森に逃げ込もう。恐らくそれ以上は敵も追って来れないだろう。もし、それでも追って来るなら、僕らで挟撃する・・・恐らく出番はないけど、念のために、パトスにはすでに北の丘陵地帯に待機するよう指示してある」
「パトスさまに・・・・・・!なるほど」
「それよりも、せっかく向こうが誘ってくれたんだ。こちらもそれなりに手土産を持って、パーティーに参加するとしよう」
「手土産とは、どうするんですかな?」
ガルダの問いにアルスは笑って答えた。
「追撃隊を送った後に、偽装輸送隊をシュトライトの手前にある畑に出すんだ。そこで食料の現地調達をしているように見せかける」
「逆に敵を釣り出すんですな?」
「そういうこと。敵の狙いが、後軍を叩くことなら間違いなく乗って来るはずだよ。それとは別に輸送隊にはもうひとつ仕事をしてもらうつもりだ」
アルスは細かい作戦を仲間たちに指示を出す。そして、決まり次第一斉に動き出した。1万の軍勢を率いてエルンストが北の丘陵地帯を目指して動き始める。その後ろで、1000人ほどの偽装輸送隊が畑で食糧の現地調達をする振りをしつつ、ゆっくりと後ろからついて行った。
アルス軍の動きを見て歓喜したのはジザである。アルス軍は1万の兵を率いて囮の5000の部隊の追撃を始めた。ローグの言葉がジザの脳裏に響く。
「ファニキア軍が北に向かう5000の囮に釣られて平原に出るようなら成功だ」
ローグはそう言った。ジザの胸中は複雑だった。彼の言った通りの展開になっていることに、恐ろしさを感じつつも、興奮している自分もいるのだ。そして、ファニキア軍は愚かにも、輸送隊を敵である我々の目の前に展開している。
(もちろん、ローグが言う通り、後軍が残っているのだろう。そうは言っても、たかが5000かそこらだ。だが、敵はここに4万以上の軍勢がいることを知らない)
ジザは伝令兵に指示を出して動き出すことにした。
「南の森に潜伏しているローグ殿に、ファニキアがエサにかかったと伝えよ。私はのこのこと出て来た輸送隊を叩く。作戦は成功だとな」
「はっ」
伝令兵が出発すると同時に、ジザは軍全体に向かって号令を出す。
「ローグ殿の命令だ、1万はここに残す。それ以外の全軍で、輸送部隊とその奥にいる敵軍を、ここで一気に叩く!」
角笛が鳴ると、ジザは2万5000の兵でアルス軍の偽装輸送隊に突撃した。輸送隊を率いていた、アルス兵はジザ軍が近づくと、荷車全てに火を付けて逃げて行く。積み荷からは濛々と異常なほどの量の煙が、辺り一帯を包み込んでいった。
「小癪な!我らに食料を奪われるぐらいなら、燃やしてしまえという命令か?それなら——」
ジザは右手に掲げた剣を振り上げ、「突撃!」と号令を出す。ジザ軍は一斉にアルス軍がいるはずの西の森林地帯に突入すると、どこからか鏑矢の音が何度も響き渡った。と、同時に先陣を切っていた兵士たちがアルス軍とぶつかる。
アルス軍の先頭にはガルダが戦斧を肩に担いで待ち受けていた。ガルダはオーラを戦斧の先に込め、抑えた力で木々を薙ぎ払う。障害物となる木々を残しつつ、敵が囲む隙を与えない戦術だ。ガルダの戦斧が唸りを上げ、ジザ軍の先頭を切り裂いた。
「さあ、ガルダが相手しますぞ!」
エミールは弓部隊を指揮しつつ、自身は木々の間を飛び回り、空中から連続で矢を射る。彼の矢は正確無比で、ジザ軍の隊長格を次々と仕留めていった。
「エミール、右翼が薄い! 援護を!」
「了解!」
ジュリは膨大な魔素を練り込んだオーラを惜しむことなく敵兵に叩きつける。衝撃波をまともに食らった兵士は塵と化して消え、その威力にジザ軍の兵士たちは恐怖で足がすくんだ。
堪らないのは、ジザ軍の兵士たちである。彼らは、経験したことのない未知の戦闘力を持つ化け物たちと戦うことになるなど、全く想像していなかったのだ。そして、特筆すべきはアルス直下の1万の精兵は、魔素水で強化している特別な兵である。魔素水を飲むことで得られる効果はふたつある。
ひとつは、身体強化できる時間を延ばすこと。もうひとつは、身体強化のレベルを上げることだ。前者は魔素が少なくなった時に飲んで魔素を補うことで得られる効果だ。後者は身体強化のレベルを上げることが出来るが、それに耐えられるほどの鍛錬が必要になる。
アルス精兵はどちらにも対応できるよう強化された精兵だ。アルスは短時間で一気に決着をつけるため、精兵の身体強化レベルを限界まで引き上げていた。
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