鍛冶士ガムリングと銀の聖杯
「失礼します、アルスさま!たった今領民から通報があって、狼の群れが北にある林の林道に現れたみたいです」
現れたのはエミールだった。アルスとマリアが目を合わせて頷いて立ち上がる。外に出ようとしている様子を見てエミールはふたりを制止するように両手を挙げた。
「あ、あの、狼の群れ程度なら僕ひとりで対応出来ると思います」
「大丈夫なの?」
「はい、アルスさまは色々やらないといけないことがたくさんありますし、狩りなら僕は得意なので」
にこっと微笑むエミール。控えめな彼の性格にしては思い切った申し出だった。この村の実情を見て、エミールなりに何か役に立ちたいと考えているのかもしれない。その様子を見て少し考えていたアルスだったが、さすがにひとりで行かせるわけにもいかず、もうふたり連れて行くことを条件に許可を出した。
「わかりました。それならギュンターとエルンストにお願いします」
そう言ってエミールは張り切って出かけて行くと、たった一刻ほどでエミールがふたりを伴って帰ってくる。
狼退治とはいえ、三人で行かせて大丈夫だったのかと気をもんでいたアルスだったが、余りの帰りの早さに何か不足の事態が起こったのかと思ったほどだった。
「エミール、もう終わったの!?」
「はい!終わりました」
エミールは嬉しそうに答える。アルスがエミールたちに労いの言葉をかけると、照れながらもエミールは笑っていた。活躍出来たのがよっぽど嬉しいのだろう。アルスが事の詳細を尋ねると、ギュンターがその疑問に笑って答える。
「殿下、ほとんどこいつひとりで片が付いてしまいましたよ。狼は八匹いたんですが、私とエルンストで一匹ずつ、あとの六匹はエミールが」
そう言ってギュンターがエミールの背中を叩いた。
「へぇ、そりゃすごいな!それならエミールには今後見回り隊を組織してもらって、野獣の退治をお願いするよ」
「あ、はい!わかりました!」エミールが嬉しそうに答えた。
「ふふふ、エミールはきっとアルスさまから役割を貰えて嬉しいんでしょうね」エミールが去ったあと、マリアが笑いかける。
「それじゃあ、エミールには見回り隊の弓術のスキル向上のために隙間を見つけて訓練もお願いしてみようかな」
アルスがそう言うと、マリアも笑顔で頷いた。
野盗の討伐は、最近いつも一緒にいるフランツとガルダに依頼した。彼らに討伐隊を組織してもらい、定期的に村々を巡回するようにしてもらってる。
同時に柵の修繕も空いた時間でお願いした。これで、獣による被害が少しずつ減っていくだろう。こうした地道な活動で、治安のほうも徐々に改善していくだろうと思われる。
「あとは、水車ですね・・・・・・」マリアが悩み顔で水車の修繕要請と配置地図を交互に見ている。
「それについては、ちょっと僕に考えがあるんだ」
アルスが得意顔で答えた。水車の故障は、全て水車の回転軸であった。アルスは前世で、好きで読んでいた「技術の歴史」という本に、ベアリングについての記述があったことを思い出していた。ベアリングは軸の回転効率を上げるし、摩擦も減らしてくれる。そして何より機械の寿命を圧倒的に伸ばすことが出来る。技術の革新ともいえる存在なのだ。
「アルスさま、それはどんなお考えですか?」マリアが不思議そうに顔を覗き込む。
「ええっとね、水車の回転軸にベアリングを使おうと思うんだ」
「ベアリン、ぐ?」
マリアが聞き慣れない単語に不思議そうな顔をしている。アルスはそれを見て、簡単に図を描いて説明をした。
「例えば凄く重い石材を運ぶときなんかは、下に丸木を何本も置いてその上を転がしたりするでしょ?そうすると、重いものでも丸木の上を転がすことによって運びやすくなる。それのことだよ」
「そうなんですね!さすがアルスさまです」
そう言ってマリアは素直にアルスのことを尊敬の目で見てくれたが、前世ではベアリングなんて自転車にも使われてるぐらい身近な存在だ。アルスはなんだか少し気恥ずかしくなって咳払いをしながら話を進めた。
「うーん、でも、僕も実際作ったことは無いからね。自分なりに設計図を描いたら、あとは鍛冶師と相談しながら試行錯誤だね、はは」
「鍛冶師でしたら、この近くにひとりいますね。相談してみましょうか?」
「そうだね、そうしてみよう!」
次の日、北の村ハイムにいる鍛冶師ガムリングという人物にアルスは会いに行った。
アルスが挨拶をしながら、作業場のほうに入っていくとそこに髭をぼさぼさに生やした中年の男性が作業をしていた。作業場は色々な道具が所せましと壁にかけてあったり、台の周りに置いてある。剣も作るのだろう、数本だが剣も飾られてあった。
「お客さん、ちょっと待っててもらってもいいですか?今手が離せなくて」
そう言って、アルスのほうを見もせずに作業に集中していた。それを見て職人気質の人なんだなぁと、アルスは好感を持った。こういう人は良いものを作る。なんとなくそんな気がしたのだ。しばらくすると、作業がひと段落ついたらしく、アルスのほうに振り返った。
「お客さんすまなかった、待たせちまって・・・・・・ん?もしかして領主さまですか?」
「いやいや、こちらのほうが突然訪ねて来たんだし気にしなくていいよ」アルスは手を振った。
「いやこれは・・・・・・失礼なことをしました」ガムリングは鍛冶道具を手に持ったまま丁寧にお辞儀をする。
「あなたが、ガムリングさん?」
「へい、おらがガムリングですが」
「実は水車のことでお願いがあって来たんだけど」
その後、アルスは彼の持っている知識とアイデアについて詳しくガムリングに説明する。マリアに説明したときのように、例えを使ってベアリングの有用性を説明するとガムリングは驚きつつも何度も頷き、わからない部分は質問しながら聞いてくれた。
知識は持っていても、それを実際に形にするには長年培った技術が必要になる。その技術を彼は持っていた。
「なるほどなぁ、造ってみないとなんともいえませんが、こいつぁ凄いアイデアですよ」
ガムリングはぼさぼさに伸びた髭を引っ張りながら感心する。アルスは一通り説明し終わって、ふと壁を見上げた。鍛冶屋の軒先には鍋やフライパンに日曜大工に使うであろう大小さまざまな種類の釘など、雑多な日用品で溢れている。そのような場所に、ぽつんと剣がひと振り。
日用品に混じって一本だけ剣が飾ってあることに気付いた。違和感を感じたアルスは、壁にかけて飾ってあった剣を指差して尋ねた。
「いやこれはオラの作品じゃなくて兄の作品なんです」
「お兄さんの?」
「へい、オラは水車のメンテナンスや日用雑貨がメインでして、兄貴は剣一筋だったんです」
ガムリングとアルスは壁にかけてある剣を眺めながら話す。剣は簡素な造りだったが、刀身は鋭い光を放っていた。一般の兵士が使っている剣と形は似ているが、フラーと呼ばれる刀身の中央から刃にかけて意匠が施されており、丁寧な作り込みが見て取れる。刃の鋭さと輝きを見るだけで、鋳造のものではなく間違いなく鍛造しているものだとわかった。
「今はどこに?」
「それが、十五年前に修行に出ると言って今では王都で鍛冶屋をやってます」
「へぇ、王都で鍛冶屋をやるなら競争も激しくて大変だね。お兄さんの名前はなんというの?」
「ガートウィンです」
その名前を聞いて、どこかで聞いたような感じがした。アルスは記憶を手繰る。鍛冶をやっているガートウィン。鍛冶師ガートウィン・・・・・・。
「・・・・・・って、もしかして!」
「おや、ご存知でしたか?」
「王室御用達で剣を納めてるガートウィン・グラックス?」
「そうですそうです」
「ご存知も何もすごく有名だよ!なるほどそうか、ここの出身だったのかぁ」
「兄がこっちに戻って来たときには紹介しますよ。今までここは謂わば敵地でしたから兄もこっちに帰って来るのは出来なかったので、おらとしては嬉しい限りですよ」
「おお!ぜひお願いするよ!」
王都では最高位の武器職人には「銀の聖杯」という称号を贈る伝統がある。「銀の聖杯」の称号を贈られた鍛冶職人は国内でひとりだけ。そのひとりがガートウィンというわけだ。彼の作る武器は美しくもあり、切れ味、鋭さ、耐久性、どれをとっても超一級品だと言われている。凄い人というのは、案外身近にいるものなのかもしれない。
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