少女カタリーナの提案
アルスは客室のなかで、ウロウロ歩きながら考え込んでいた。
「エミール。僕らはどうやら、ここに閉じ込められたみたいだ」
エミールはキョトンとしながら、アルスの言葉を待つ。
「恐らくクラウスは、僕らがここに居れば、やがて兵も入って来ると思ってるんだろう」
「まさか・・・」
「いや、道案内なんて難しい役じゃない。選ぶのに時間が掛かり過ぎだよ」
「では、どうします?」
「そうだねぇ・・・・・・」
アルスがエミールと話していた時、ちょうどティーカップを手にコーヒーを持ってきた少女と目が合った。彼女はニコっと笑うと、目を伏せてティーカップを受け皿にセットする。やがて、手の動きは、そこで止まったままになった。
「あの——」
少女は顔を上げて、アルスに話しかけた。
「もしよろしければ、私がご案内いたしましょうか?」
少女の提案に、アルスは驚いた。彼女は、恐らく13~4歳だろう。メイドとはいえ、クラウスの下で働いている使用人に過ぎない。彼女なりに考えることがあったとはいえ、クラウスの意志に背くことになる。クラウスに背く行為になるにもかかわらず、彼女が名乗り出た理由が気になった。
「もし、頼めるのであれば是非お願いしたいけど・・・。君はメイドとはいえ、クラウスの部下だ。大丈夫かい?」
「・・・・・・はい!」
彼女は、意を決したようにアルスの目を見て答える。
「もし、よかったら理由を聞かせてくれないかな」
「それは・・・・・・」
「僕も、お願いするからには、ちゃんと知っておきたいんだ」
彼女は、アルスの笑顔を見て少し緊張がほぐれたようだった。ぽつりぽつりと身の上を話し始める。
「私はカタリーナ・マイヤーと申します。私の姉は北のケルクに嫁いだのですが、今はそちらも戦乱で状況が掴めません。私、姉のことが心配でなりません」
アルスは黙って頷き、カタリーナはそれを見て話を続ける。
「申し訳ございません。私、クラウスさまと陛下がお話されてるところを、少しだけ聞いてしまったのです。陛下は、ルンデル全体を救うと仰ってました。ですが、クラウスさまは、ルンデル全体ではなく、この城塞都市のことだけを考えておいでのようです。それは、それでは——」
「わかった。ありがとう」
アルスはニコっと笑って、少女の言葉を遮った。彼女にそれ以上言わせるのは酷だと感じたからである。
「カタリーナの家族はどうしてるの?」
「私の両親は既に亡くなってます。ふたりの兄がいますが、どこかで戦ってるかもしれません」
「なるほど。それなら、僕から提案出来ることは、もし協力してくれるならゴットハルト王に言って君のことは保護するよ。クラウスには手出しさせない。もしそれでも何かあったら僕を頼ってくれ。それでいいかな?」
カタリーナは何度も頷き、アルスに「ありがとうございます」と感謝した。
アルスはその場で書類を書き、カタリーナ・マイヤーをファニキアの優先保護対象人物とする旨をサインして、彼女に渡した。
「カタリーナ、少しだけ地形の話を聞かせてくれるかな? たとえば、そこを流れてる川の様子とか」
カタリーナは目を輝かせ、持っていたトレイを脇に置いて話し始めた。
「レムルス川は中規模で、普段は足首くらいの深さですけど、雨が降ると増水します。東側の森林地帯には浅瀬があって、馬でも渡れます。…あ、そうだ。景色を見れば地形が頭に入るんですけど、絵に描くとこんな感じです」
カタリーナは近くにあった紙とペンを手に取り、簡単な地形図をさらさらと描き始めた。川の流れや森林の位置、浅瀬のポイントが驚くほど正確に描かれていく。
「へぇ、すごいね。驚いたよ!ありがとう、本当に頼りになるよ」
アルスは感嘆の声を上げ、カタリーナの頬が赤らんだ。
アルスは、その場でエミールと彼女を連れて屋敷を出る。使用人に何度も止められたが、一国の王を止められるはずもなかった。そのまま、騎兵300を引き連れ城門まで来ると、城兵が慌てた様子で駆けつけてくる。
「陛下、どうかなさいましたか?」
「用件は済んだから帰るんだよ」
「申し訳ございませんが、そのようなお話クラウスさまから伺っておりません。一度確認を取らせて頂きたいと思います」
「僕はこの国の援軍として、やって来たんだ。シュトライトを防衛するためじゃない、クラウスにはそう伝えてくれ」
押し問答をしていると、城兵たちがわらわらと集まって来た。
「我々はクラウスさまに、何人たりとも通すなと厳命されております」
「なら、ここで僕らと一戦交える覚悟があるんだね?」
アルスの身体から、誰も見たことが無いほどの膨大なオーラが立ち昇る。アルスの身体から出るオーラで周辺の景色が歪んで見えるほどだ。城壁がアルスのオーラに呼応するかのように、ミシミシと揺れ始める。狼狽した兵士たちから、どよめきが上がる。
「アルトゥース陛下!お待ちを!」
城壁に沿って走ってきたのは壮年の兵士だった。彼の後に十数人の兵士が付いて来ている。鎧に刻まれた守備隊長の紋章が、彼の地位を示していた。
「私はここの守備隊長をしているガズと申します。陛下、大変失礼いたしました。我々は、陛下をお止めする権限など持ちません。どうぞ、ご出立ください」
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