城塞都市シュトライト
シュトライトの城主クラウス・フォン・グラウシュタインは、アルスが訪れたときも会議をしていた。もちろん、議題はラウナ・シュッツ陥落の対応と、王都防衛に関するものである。
一昨日、遂にラウナ・シュッツを落とした敵から使者が来たのだ。黒衣に身を包んだ使者は、ヘルセのジザ辺境伯が遣わした者だと名乗る。そして、彼はクラウスに降伏を勧告した。
3日後に返事を聞きに来ると言い残すと去っていった。それからは夜も昼も緊急会議だ。作戦会議と言っても、敵主力部隊がいるはずの北部の情報は、王都にも入って来ていない。そのため、各地で情報を集めるのだが、王不在の今では、王都や他の都市との連携も取れない。
降伏しなければ皆殺しにすると使者が言い放った言葉が、クラウスを苛んだ。降伏か守りを固めるか以外に選択肢はなく、積極的に攻める指揮官もいない。会議はいつも堂々巡りで終わり、不安だけが募るばかりだった。
「クラウスさま」
ドアをノックして入って来た政務官は、声を潜めて訪問者の存在がいることを伝えた。クラウスは、その名を聞くと驚いた表情で席を立ち上がり、その場で会議の中断をした。狭い会議室のドアを締めて、廊下を歩きながらクラウスは確認する。
「本当なのだな?」
「はい。300ほどの騎兵を引き連れ、確かにファニキアのアルトゥース王と名乗っております」
「300・・・・・・」
クラウスは部下の答えに頷き、客室へと急いだ。客室に入ると、フードを被った人物が真ん中に座っている。クラウスが入ると、彼はフードを取った。クラウスはフードを取った人物の若さに驚く。アルスは目立たない恰好をしているせいもあるだろうが、どこからどう見ても、ただの少年だ。
(これが、レーヘを平定したファニキアの王・・・なのか?)
内心で落胆しながらも、クラウスは平静を装った。しかし、こんな少年が援軍を連れて来たところで、ルンデルの逼迫した状況が変わるとはとても思えなかった。
「城主のクラウス・フォン・グラウシュタインと申します。アルトゥース陛下、よくぞいらしてくださいました。ご助力、感謝いたします」
「いえ、ルンデルの窮地は我が国の窮地でもありますから」
「不躾で申し訳ないのですが、陛下は如何ほどの兵を引き連れていらっしゃったのでしょうか?」
クラウスは無礼な質問だと自覚しながらも、ルンデルの危機的状況を思えば遠慮している余裕はなかった。幸いアルスはそのような細かい礼儀を気にする性格ではなく、むしろ単刀直入に話が進んで良いと思うところは、少しズレているのかもしれない。
「兵数は2万だね」
「2万も!?」
クラウスは、その数に驚いた。知見も根拠も無かったが、なんとなくアルスの見た目で数千ぐらいだと想像していたのだ。
「クラウスさん。ラウナ・シュッツのことだけど、知っていることを教えて欲しい」
クラウスは、一昨日来た黒衣の使者のことを含め、シュトライトの窮状を熱心に話して聞かせた。何の突破口も見いだせない今は、相手が少年であれなんであれ、外部の勢力に話を聞いてもらえるのはありがたかった。全てを聞き終わると、アルスは何度か頷きながら考えているようだった。
「それなら、今日1日は時間があるということか。この辺りの地形を少し見て回りたいのだけど、いいかな?」
「え?いえ、それは構いませんが・・・・・・。あの、陛下の軍はこちらに来て、シュトライトを共に守って頂けると思っていたのですが?」
アルスはクラウスの淡い期待を笑顔で壊す。
「それはないよ。僕が来たのはルンデル全体を救援するために来たんだ。ここに籠ったら意味がないでしょ?」
「そ、それは、そうですが・・・・・・しかし——」
クラウスの必死の引き留めにも関わらず、アルスの興味は既に別に移っていた。
「このシュトライトなんだけど、南側は中規模の川だね。渡河出来る場所はあるかな?」
クラウスは、全く聞く気の無いアルスに溜め息を漏らしながらも、アルスの質問を無視するわけにもいかず答える。
「渡河出来る場所は主に2カ所ございます。ここからすぐの西側と東側の森林地帯です」
「この辺りの地理に詳しい者に案内をお願いできるかな?」
「案内!?陛下自ら見て回られるのですか?そのようなことなど、部下に任せておけば宜しいのでは?」
「僕はこの辺りの地理に疎い。それに、今回は出来るだけ自分の目で詳しく見ておきたいんだ」
アルスの脳裏にあったのは、コーネリアス戦のことである。コーネリアスには、散々辛酸を舐めさせられた。コーネリアス将軍ほどの人物は滅多にいないだろうが、それでも地の利を最大限に活かすために出来ることはやっておきたい。
「わかりました。地理に詳しい者を選出しますので、お待ちいただけますか?その間、お食事などをお持ち致します」
クラウスは、アルスの要望に曖昧に答えた。出来るだけ時間を引き延ばして、アルスを引き込んでしまおうと考えたのだ。しばらく経っても、一向に何の音沙汰も無いまま時間が過ぎていく。
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