地獄:ラウナ・シュッツ陥落2
ラウナ・シュッツ陥落の翌日。城塞都市は、ジザの夜襲による勝利の爪痕を残す。焦げた城壁、崩れた門扉、煙を上げる補給庫——勝利の余韻は、しかし、血と灰の匂いに塗り潰されていた。
ジザの4万の軍は、城内の制圧を終え、捕虜の整理と戦利品の運搬に追われる。広場には、生き残った住民——商人、農夫、女、子供を含む約2万5千人が、ヘルセ兵に囲まれて震えている。彼らの目は恐怖と絶望に曇り、すすり泣きが風に混じった。
ジザは城壁の上でこの光景を見下ろし、胸に重いものを感じていた。戦争は終わったはずだ。だが、この民をどうすべきか・・・・・・。 軍人ではない彼にとって、勝利後の処理は未知の領域だった。
その時、城門の外から地響きが近づく。1万の兵を率いたローグが帰還したのだ。黒衣を翻し、包帯で顔を覆った彼は、馬上で静かに広場へ進む。彼に従う兵士たちのなかには、ローグと同じような黒い衣装を身にまとった者たちが10名ほど尽き従っていた。ジザは急いで広場へ降り、ローグを迎える。
「ローグ殿! ラウナ・シュッツは落ちた。あなたの策通りだ!」
ローグは馬を止め、ジザを一瞥する。包帯の隙間から覗く目は、まるで凍てついた湖のようだった。彼は低く、感情のない声で答える。
「よくやった、ジザ。だが、ここで終わりではない。ルンデルに、抵抗の愚かさを刻み込む」
ジザの顔に困惑が走った。
「刻み込む? 敵は降伏した。守備隊は壊滅し、城は我々の——」
「黙れ」
ローグの声が低く響いた。
「ルンデルの王都、レムシャイト、北のケールニール——他の都市がまだ息をしている。奴らが戦意を失わねば、戦争は長引く。この都市を、ヘルセの意志の証とせねばならん」
ローグが手を上げると、兵が一斉に動く。槍兵が広場の住民を円形に囲み、弓兵が矢をつがえる。松明の炎が揺れ、住民たちの悲鳴が夜に響く。子供が母親にしがみつき、老人が地面に崩れる。ジザは目を疑い、ローグの馬に駆け寄る。
「ま、待ってくれ!ローグ殿、何だこれは!? 彼らは戦士ではない! 民だ! 降伏した者を殺すのか!?」
ローグは馬上で振り返り、ジザを冷たく見下ろす。
「民? 民が武器を持てば、敵になる。ルンデルが抵抗を続ければ、ヘルセの兵が死ぬ。商会は戦争の長期化を求めてはいない。これは、他の都市に降伏を促すための処置に過ぎない。歴史を知らんのか、ジザ? 恐怖は、時に剣より有効だ」
ジザは言葉を失う。ローグの声には、戦術家としての冷徹な計算しかない。彼は、かつての「騎行」のように、敵の経済と士気を破壊する戦略を選んだのだ。
ラウナ・シュッツの皆殺しは、ルンデル全土に恐怖を撒き散らし、王都や他の城塞都市を戦わずして屈服させるための、残酷だが効率的な手段だった。
商会は、この非道な一手を黙認し、戦争の迅速な終結を望んでいる!?
「やめろ、ローグ! これは・・・・・・戦争ではない! 虐殺だ!」
ジザが叫ぶが、ローグは無視する。彼の命令一下、兵士たちが動き出した。槍が振り下ろされ、血が地面を染める。弓矢が唸り、逃げ惑う住民を貫く。広場は瞬く間に地獄と化した。女の絶叫、子供の泣き声、老人の呻き——全てが、ローグの兵の機械的な殺戮に飲み込まれていく。
ジザは広場の端で立ち尽くした。剣を握る手が震え、胃が締め付けられる。これがローグの策なのか? 商会の意志なのか? 彼は一歩踏み出そうとするが、ローグの傍にいた黒衣の副官が剣を抜いて立ちはだかる。
「辺境伯、動くな。ローグ様の命令だ」
ローグは馬上で広場の中心に立ち、血の海を見下ろす。包帯に覆われた顔の表情は読めないが、彼の存在はまるで死神そのものだった。彼は戦術家として、皆殺しがルンデルに与える心理的衝撃を正確に計算している。この虐殺の報せは、ルンデルの民を絶望させ、貴族を降伏に追い込み、反乱勢力を扇動するだろう。ヘルセの勝利は、こうして血で舗装されるのだ。
「ルンデルよ、これが抵抗の代償よ」
ローグは静かに呟く。
「さて、ゴットハルトよ。次はおまえの王都がこうなるかな」
虐殺は1時間足らずで終わる。ラウナ・シュッツの広場は、無数の死体で埋め尽くされた。ローグの兵は、生存者が残らぬよう、城内の家々を焼き払う。炎が夜空を赤く染め、煙が星を隠す。焼け焦げた肉の匂いが風に乗り、ジザは広場の端で膝をつき嘔吐した。勝利の旗は、血と灰にまみれていた。
ローグは馬を進め、ジザの横に立って冷ややかに言う。
「立て、ジザ。戦争はまだ続くぞ」
ジザは顔を上げ、ローグの包帯の奥の目を捉える。そこには、感情のない闇が広がっていた。彼は悟る。ローグは人間ではない。戦術と恐怖の化身だ。そして、自分もまた、商会の操り人形に過ぎないのだろう。
ラウナ・シュッツの虐殺は、ルンデル中に恐怖を撒き散らし、他の都市の門を開かせるだろう。だが、その罪の代償は、ジザの心に永遠の傷を刻んだ。
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