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最弱国の魔素無し第四王子戦記(無限の魔素と知略で最強部隊を率いて新王国樹立へ)  作者: たぬころまんじゅう
第五章

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黒衣の騎士

 ヘルセ国とルンデル国の国境に近いインファンテ州の荒野。夕暮れの薄闇が大地を覆い、遠くの丘陵にはラウナ・シュッツの城塞都市のシルエットが黒々と浮かんでいる。ジザ・シルバティ辺境伯の軍営では、4万の兵が焚き火の周囲で休息を取る中、指揮用の天幕に緊張感が漂っていた。


 天幕の中央に立つジザは、革製の鎧に身を包み、額に汗を滲ませている。軍人ではない彼にとって、4万の兵を率いる重圧は想像以上だった。対するは、黒衣に身を包んだ男、ローグ。フードを目深に被り、顔を包帯で覆った異様な姿だが、その動きには一分の隙もない。彼は天幕の隅に置かれた粗末な木のテーブルに地図を広げ、淡々とジザに語りかける。


「ジザ、時間がない。ラウナ・シュッツを落とす策を伝える。よく聞け」


 ローグの声は低く、冷徹な響きだった。ジザはゴクリと唾を飲み込み、地図に目を落とす。ローグの指が地図上のラウナ・シュッツを指し、戦術の説明が始まる。


「まず、4万の兵を3つの部隊に分ける。主力2万、左翼1万、右翼1万だ。明日の昼、正面門と両翼から同時に攻めかかる。だが、これは本気の攻撃ではない。敵を挑発し、城外に引きずり出すための見せかけの攻勢だ」


 ジザの眉が困惑で上がる。


「見せかけ? だが、ローグ殿、敵は城塞に籠もるだろう。どうやって引き出すのだ?」


 ローグの包帯の下で、口元が僅かに歪む。まるで笑ったかのように。


「簡単だ。ルンデル軍は我々が優勢だと知っているが、お前を軽視している。軍人ではない辺境伯の烏合の衆だと侮っている。だから、こちらが弱さを見せれば敵は油断する。攻撃開始後、主力部隊は意図的に混乱を装って後退しろ。補給が足りないとか、指揮系統が乱れているとか、適当な理由をつけてな。左翼と右翼は小規模な攻撃を続けて、敵の注意を分散させる」


 ジザは地図を凝視し、ローグの言葉を頭で反芻する。


「それで、敵が追撃に出るか、警戒を緩める……ということか?」


「そうだ」


 ローグの指が地図上の正面門を叩く。


「ラウナ・シュッツの守備隊は5000から1万程度。増援は期待できない孤立した城だ。指揮官は、おまえの偽装退却を見て、城外に追撃部隊を出すか防壁の守りを薄くする。そこを狙え」


 ジザの目がわずかに輝く。ローグの言葉には、戦術家としての確信が宿っている。だが、不安が消えたわけではない。彼は声を低くして続ける。


「その次はどうする? 退却した主力部隊はどう動くのだ?」


 ローグは地図の端に描かれた森林を指す。


「夜だ。偽装退却後、主力2万をこの森林と丘陵に隠す。左翼と右翼は夜間も小規模な牽制を続けて、敵の目を城壁の両翼に引きつけておく。深夜、主力部隊は動く。火矢と投石機で正面門付近に火災を起こし混乱を誘う。商会が用意した破城槌と梯子を使って一気に門を強襲しろ」


 ジザの顔に緊張が走る。


「夜襲・・・・・・。だが、敵がすぐに守りを固めたら?」


「固めることなどできんよ」


 ローグの声には揶揄が混じる。


「偽装退却で油断している敵は、夜間の対応が遅れる。火災でパニックが広がればなおさらだ。門を突破したら、内部に突入し守備隊の指揮系統を分断する。そして、必ず補給庫と武器庫を優先して制圧しろ。敵の籠城戦を防ぐには、これが肝となる」


 ジザは地図を見つめ、ローグの指示を頭に刻み込む。偽装退却、夜襲、補給庫の制圧——単純だが、敵の心理と状況を巧みに突く策だ。彼は軍事教育を受けたとはいえ、複雑な戦術を指揮する自信はない。だが、ローグのこの計画は、まるでジザの限界を見越したかのように、実行可能な手順で構成されている。


「ローグ殿、確かにこの策なら・・・・・・私でもできそうだ。だが、本当に落ちるのか? ラウナ・シュッツの守りは硬いと聞くが」


 ローグは一瞬、沈黙する。包帯に覆われた顔は無表情だが、彼の声には揺るぎない確信が宿る。


「その通り攻めれば、落ちる。ルンデル軍は王家直属軍団との戦で防衛線が薄い。ラウナ・シュッツは孤立しており、士気も低い。おまえの4万の兵で十分過ぎるほどだ。私が書いた指示を忠実に守れ。部隊の配置、夜襲のタイミング、目標——全てここに記した」


 ローグは革製の巻物をジザに手渡す。ジザはそれを受け取り、緊張した面持ちで頷く。ローグの戦術は、事前に工作する時間がない制約を逆手に取り、敵の油断と孤立を最大限に利用するものだった。ジザの心に、僅かながら希望が芽生える。


「だが、ローグ殿、なぜ貴方は前線で士気を取らぬ? こんなことをせずとも貴方が指揮を取れば、事は簡単に運ぶと思うのだが・・・・・・」


 ローグの動きが一瞬止まる。彼は地図から目を離し、ジザをじっと見据える。


「俺の役目はおまえを勝たせることだ。よって、俺の兵1万が動くこともなければ、俺が表立って指揮を取る気もない。おまえは俺の策を信じて進め」


 ジザはローグの言葉に、言い知れぬ不安と信頼が交錯するのを感じる。ローグの異端児としての気配、ユーベルタール北方商会との繋がり、そして戦術家としての非凡な才——全てが、彼を謎めいた存在にしていた。だが、今ジザにできることは、ローグの策を信じ、実行することだけだ。


「分かった。ローグ殿、私はやる。ラウナ・シュッツを落としてみせる」


 ローグは小さく頷き、天幕の出口に向かう。黒衣が風に揺れ、彼の背中はまるで闇に溶けるようだ。振り返らずに、彼は一言だけ残した。


「失敗するな」


 天幕の幕が閉まり、ジザはひとり、地図と巻物を握りしめる。ラウナ・シュッツの城塞が、夕闇の中で不気味に聳える。ジザの胸には、恐怖と決意がせめぎ合った。ローグの策は単純だが効果的。敵の心理を突き、兵力と物資を最大限に活かす。


 そして、ローグの陽動作戦が、遠くでルンデル軍を縛り付ける。全てが揃えば、勝利は手に入る——そう信じるしかなかった。


いつも拙書を読んで頂きありがとうございます。


☆、ブックマークして頂けたら喜びます。


今後とも何卒よろしくお願い申し上げます。

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