ルンデルの若き力
同時刻、ルンデル左翼軍は、ヘルセの若き将ピエトロと激突していた。ピエトロは、かつてヘルセの反乱を最小限の損害で鎮圧し、カロの推薦でティターノ軍団の将に登り詰めた男だ。剣闘大会「グラディアートル」での圧倒的な優勝は、軍団長マーセラスの目にも留まり、彼の武勇と用兵力を証明していた。急速に膨張したヘルセの領土は反乱の火種を抱え、ピエトロはその火を冷酷に消し続けてきた。
今、ピエトロは2万の軍を率い、ルンデルのエヴァールト軍1万5000に真正面から挑む。戦場は広大な平野、乾いた土が馬蹄に踏み砕かれ、土煙で戦場が霞んでいた。ピエトロは1万を予備に残し、1万で横陣を敷く。密集した盾兵と槍兵が、敵を覆い尽くす壁のように展開。
対するエヴァールトは、7000を率いて魚鱗の陣を形成。鋭い楔の先頭に自ら立って矛を握る。ルンデル最強の勇将ゴットハルトが「俺と同等の武」と評した男は、将としての慣例を無視し、士気高揚のために自身が先頭に立つ。
エヴァールトは馬上で矛を掲げ、ヘルセ軍を挑発する。
「勝手に他人の土地に踏み込んだんだ。死んでも文句は言うなよ?」
その声に、ルンデル兵が鬨の声を上げる。エヴァールトが持つ矛の先にオーラが集束していく。やがて、まばゆい光が矛先に灯るとエヴァールトは矛を一気に振り抜いた。眩い光が迸り、衝撃波がヘルセ軍の前列を飲み込む。凄まじい轟音が平野を震わせ、土煙と血の匂いが混じる。隊列を組んでいたヘルセ兵が雲散霧消し、陣に亀裂が走った。
エヴァールトは馬を駆り、魚鱗の陣の先頭で突進。矛を振り回し、ヘルセ兵を薙ぎ倒す。ルンデル軍は彼を中心に錐のように敵陣を貫き、傷口を広げていく。ヘルセ軍の槍兵が応戦するも、エヴァールトの突撃は止まらない。後方のルンデル兵が楔を押し進め、ピエトロ軍の陣形が揺らぐ。血と鉄の音が戦場を満たした。
ピエトロは馬上からこの惨状を睨む。ヘルセの情報網には、ルンデルの三大将軍しか記録されていなかった。ゴットハルトの名は知れ渡るが、エヴァールトは未知の存在だ。ルンデル統一後、ゴットハルトが才能を見込んで抜擢した新星——ピエトロはその事実を知る由もない。
「ルンデルにはゴットハルトだけかと思っていたが・・・まだいたか」
ピエトロは冷静に呟き、部隊長を呼び寄せる。
「先頭の男は私が止める。お前たちは3000で敵の側面と後背を狙え。怖いのはあの男の武だけだ。勢いを止めれば、魚を捌くようなものだ」
部隊長が頷き、ピエトロは3000の精鋭を率いてエヴァールトへ向かう。盾兵と騎馬の混成部隊が、横陣の隙間から突進する。
エヴァールトは馬上でピエトロの動きを捉える。ヘルセ軍の予備隊1万が後方から動く気配も感じ取っていた。
「敵が動き出したか。これ以上は深入りしすぎだな」
エヴァールトは軽く笑い、号令を出す。
「転進して引き返すぞ!」
ルンデル軍は魚鱗の陣を素早く反転させヘルセ軍の追撃を振り切り、戦場を離脱する。ピエトロは馬を止め、歯ぎしりした。
「・・・緒戦で仕留められなかったか」
エヴァールトの撤退は、ルンデル軍の機動力を誇示する一方、ピエトロに雪辱を晴らす機会を切望させた。
右翼の戦いは、すでにカロ将軍とアンリ将軍の駆け引きとなっていた。カロは拠点を挟撃するだけでなく、さらにそれを布石とする。囮として油断させていたシセロ部隊を主攻の一部として利用したのだ。
カロ将軍の策は、アンリを崖の淵まで追い詰めていた。盾兵に矢を集中させ、防衛網に濃淡を作り出し、薄くなったところへ一気に攻め寄せて防御柵の取り壊しを図っていく。順調に二カ所目の穴を開けたヘルセ軍だったが、カロ将軍の表情は厳しいままだった。
一カ所目の突破口を開いたはずだったのに、そこから兵の侵入が出来ない。これはアンリの咄嗟の機転と必死の防衛線の立て直しによるものだが、カロ将軍には知る由も無い。これにカロはイラついていた。
思ったより時間がかかってるな。何やってんだあいつらは・・・・・・。こうなれば俺が直接乗り込んだ方が手っ取り早いかもしれん。
考えに耽っていたカロの耳に、前方の兵士の叫び声が入って来た。
「カロ将軍、敵左翼から直接こっちへ突っ込んできます!」
カロが視線を移すと、右手前方から濛々と煙を上げてすごい勢いで迫って来る集団が見える。この速さ・・・・・・騎馬兵か。
「敵は・・・・・・敵は、ルンデル王家の旗を掲げてます!」
「野郎、拠点を救うじゃなく直接こっちを狙いに来たか!」
「カロ将軍」
「わかってる、もう少しで落とせるんだ。その流れを奴に断ち切られるわけにはいかん。迎え撃つぞ!」
カロの号令で、ヘルセ軍は向きを変えゴットハルト軍に向かって突撃する。互いの距離はみるみるうちに縮まり、激突した。馬のいななき、金属が打ち合い、擦れ合う音と共に両軍の咆哮の音が一気に爆発する。落馬した兵士たちは馬や人の下敷きとなり、犠牲になった者たちの血の色でたちまち大地は赤く染まった。
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