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王都凱旋1

 エルム歴734年11月9日以降、フライゼン城前の戦闘は膠着状態に陥る。ゴットハルトの猛攻以降、小競り合いは続いたものの、大規模な衝突は途絶えた。ゴットハルト自身も、ベルンハルトとの一戦以来、姿を見せなかった。


 そして11月10日の夕刻、ルンデル軍は突然兵をまとめ、撤退する。その理由がローレンツ軍に伝わったのは翌朝のことだった。


「なにっ!?あの能無しがエルン城を獲っただと!?」


 ベルンハルトは一報を聞き、怒りに顔を歪める。魔素を持たず、能無しと蔑んできた弟アルスが敵の要衝を奪った事実は、彼のプライドを打ち砕いた。だが同時に、ルンデル軍が急に撤退した理由に得心がいった。北での戦いでローレンツ軍の目を引きつけ、南での奇襲を成功させる――その計画がアルスの逆襲で崩れたのだ。ベルンハルトは唇を噛み、苛立ちを抑えきれなかった。


 一方、フリードリヒは報告に目を輝かせた。魔素を持たない末弟アルスが、蔑まれながらも大戦果を挙げたことに心から喜んだのだ。長兄として、アルスが王家で疎まれ、ベルンハルトの冷淡な態度に苦しんできたことを知っていた。だが、多忙な公務に追われ、弟を支える余裕がなかった自分への後悔もある。

 

 アルスの勝利は、フリードリヒの胸に刺さっていた棘を抜き、希望の光を灯したのだ。


 そして、それから3週間後、一同は王都ヴァレンシュタットに集結することとなる。



             

  

                 王都凱旋


 


 収穫祭の祭りも終わり、王都ヴァレンシュタットでも冬の寒さがひたひたと北から押し寄せる季節になっていた。


 ここ王都はローレンツの政治、経済、娯楽の中心である。農村であればこの時期は収穫後の閑散とした雰囲気が漂っているのだが、ここは行きかう行商人の掛け声や、メインストリートに所狭しと並ぶ市場や屋台で相変わらず賑わっていた。一般的に王都は、王城を中心にいくつかの区画に分かれていることが多い。政治的決定の履行や手続きを行う行政区、各地の上級貴族などが住む特別な居住区、各ギルドが集う経済商業区に工業区、そして、下級貴族や平民が住む一般居住区に分かれている。王都ヴァレンシュタットもそのような形態を継ぐ典型的な造りとなっている。


 王都ヴァレンシュタットに冬の寒さが忍び寄る季節、エルム歴734年11月下旬のある晴れた日。アルスは王都の中心ヴァレンシュタット城の一室に置かれた椅子の上に座っていた。アルスが王都に到着してからすでに一週間が経過している。到着してから父王に事の詳細を報告すると、「追って沙汰を出す」とのことであった。


 沙汰を待つ間に連日連夜の戦勝を祝う祝賀パーティーの主役として引っ張りだこにされていた。着飾ったドレス、高価な宝石、豪華な料理に上っ面のお喋りとダンス。アルスはまったく好きにはなれなかった。


 もちろん政治・経済的な意味では非常に重要な機会であることに間違いはないのだが、嘘と世辞を織り交ぜながらの腹の探り合いというのはどうにも好きになれなかったのだ。それよりも、剣術の鍛錬や魔素の研究にでも没頭している方がよほど気が楽である。ただ、呼ばれたパーティーでいくつか気になる情報も耳にした。


 王室の周りというのは、権益と直接繋がる可能性が非常に高いため、様々な貴族や商人が接触してくる。その絶好の機会がパーティーである。アルスは第四王子のため、接触してくる者は少ないが、それでも情報収集のために近寄って来る人間は後が絶たなかった。その中の一人の商人が言った内容がアルスの興味を引いた。


「いえね、私も商いをやっている身分なものですから、余り強くは言えないのですが」


 そう言って、少し間を開けると、ジェルモという男は言葉を慎重に選びながら話し始めた。


「最近の三大ギルドのやり方には私を含め、疑問を持つ者が多くいるのです。小さな店を構えている隣にわざと同じ商品を安く扱う大型店を建てたりするのですよ。文句も言えず泣き寝入りする同業者を私は何人も見てきました」


 眼鏡をかけた彼の目線の先には三大ギルドのひとつレオノール大商会のローレンツの女性支部長ビルギッタの談笑している姿があった。彼は、着飾った白い服の胸のボタンを弄りながら何やら考えているようであったが、更に声のトーンを一段と落として話を続けた。


「殿下は、今回のルンデルの出兵をどうお感じになられましたか?」


「どう、とは?」


「何か違和感みたいなものを感じられなかったでしょうか?」


 そう言われてアルスはハッとする。今回のルンデルの出兵は明らかに異常だった。秋の収穫で人手がかかる季節に合わせた大動員の出兵、大量の傭兵雇用、これだけでもおかしい。収穫時に徴兵すれば収穫もままならず収穫量だって減るのだ。徴兵も常時に比べたら賃金も上げなくてはならないだろう、そうしなければ平民たちの不満の矛先は全て国に向かって爆発するからだ。国として外征するには時期もやり方もコストが掛かり過ぎてる。アルスが以前から疑問に思っていたことだった。


「裏があると?」


「今回のルンデル軍の動きに伴う資金の流れまで追えているわけではありません。が、ルンデル軍の馬、装備、雇った傭兵の装備には少なくとも三大ギルド全てが関わっております」


「つまり、彼らは装備を売りつけるために戦争を仕掛けたってこと?」


「一面的な結論から申せば、そうなります。ただ、彼らの目的は別にあります。装備品を売るためだけにルンデルに莫大な支援をしていたのでは採算が合いません」


 そこまで言ってジェルモは言うべきか迷っていたようだったが、短い沈黙を経て一言だけ口にした。


いつも拙書を読んで頂きありがとうございます。


☆、ブックマークして頂けたら喜びます。


今後とも何卒よろしくお願い申し上げます。

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