緊急会議
時は少し遡り、4月28日。王都レムシャイトでは、アンリ、エヴァールト、ジャックがゴットハルトを前に緊急会議をしていた。議題はヘルセとの戦の可能性についてである。ヘルセではルンデルの商人たちがヘルセ市民によって暴力を振るわれたり、同国の商会が焼き討ちに遭ったりなどの被害の報告が相次いでいた。
ゴットハルトの諜報網が掴んだ情報の中でも、ダルジェントとオッター・ヴォーの襲撃、そしてロムルス伯爵の暗殺は、特に重い影を落としていた。
アンリが書類の束を手に、声を抑えて言う。
「やはりヘルセ各地の様子を見た限りでは、ふたつの街はルンデルによる犯行だと認知されてるようです」
彼女は新聞の束を机上に広げる。紙の擦れる音が、静かな部屋に響く。
「見てください、これ。色々な新聞社の記事ですが、事件の悲惨さはわかりますが、全て最後は我が国に対する報復を煽るような論調になってますよ」
ゴットハルト、エヴァールト、ジャックが新聞を手に取る。ページをめくる手が一瞬止まり、ローゼの涙ながらのインタビューが目に飛び込む。少女の言葉は、ビルギッタの策略によって作り上げられた悲劇だった。ゴットハルトは深い溜め息をつき、伸び放題の髭を引っ張る。
「ガイウス王にはそんな事はやっちゃいねぇと正式に抗議はしたんだがな・・・・・・やってない証明をしろと言われた」
アンリが眉を吊り上げる。
「悪魔の証明ですよ、そんなの。全ての人間の動きを管理してるわけじゃないし、出来るわけがない」
ジャックが皮肉な笑みを浮かべ、頷く。
「まぁ、わかって言ってるんだろうな向こうさんも」
「ケツに火がついてんだ。もうどうしようもないだろう」
ゴットハルトのその言葉に、一同がゴットハルトを一斉に見た。ゴットハルトは腕組みしながら続ける。
「つまりよ、ヘルセの王の意志なんぞもう関係ねぇってこった。ヘルセ国民は俺らがやったと思い込んでんだ。真実はどうあれ、もはやガイウスにも止められねぇってことだろうよ」
「ということは、近いうちに戦争が起こるってことですか?」
エヴァールトの質問にジャックが呆れたように答える。
「だから緊急会議を開いてるんですよ」
「間違いなく起こります。ただ、私たちもここで手をこまねいている場合じゃないんです。だから今のうちに打てる手を打っておかないといけません」
エヴァールトはジャックの返答は無視してアンリに質問を重ねる。
「何か考えがあるのか?」
そう問われたアンリは、一瞬ゴットハルトを見る。ゴットハルトはそれを見て頷いた。
「ヘルセは強国です。それに対して現状、私たちは国を再統一したばかりで本来なら当面は内政に力を入れなくてはいけない時期です。外に対する備えは盤石とは程遠いんですよ」
「つまり、このまま戦っても負けるってことだな?」
アンリはエヴァールトの問いに、首肯して続ける。
「ですから、今のうちにヘルセ国境沿いの砦を固めてローレンツとファニキアに援軍の確約を取り付けるのです」
それを聞いてゴットハルトが顔をしかめて伸び放題の髭を引っ張った。
「アンリ、援軍は余り期待出来んかもしれんぞ。ファニキアのアルス王はともかく、ローレンツはこの前まで敵対してたし、俺はフリードリヒ王とは直接面識すらねぇしな」
「今回の戦いのきっかけ、あまりに不自然だと思いませんか?」
アンリの突然の問いかけにゴットハルトはピクリと眉を動かした。
「どういうこった?」
「なぜ賊の襲撃が全て我が国の仕業にされてるのか?という点です。私はこの裏に何者か、もしくは組織の意図を感じます」
「ヘルセをルンデルに襲わせることで利益を得る連中ということか?」
「はい。『|資金の流れを追え《Follow the money》』という言葉があります。私たちはルンデルを再統一する際に三大ギルドを全て追放しました。ここでヘルセがルンデルを飲みこんだら、利益を得るのはどこでしょうか?」
それを聞いていたジャックが急に立ち上がった。
「三大ギルド!?」
「仮説に過ぎねぇが、そうだとすれば不可解な点もすんなりと繋がってくるな」
「そうだとすれば、ファニキアやローレンツにとっても共通の敵ということになります。ルンデルが滅ぼされれば、対抗する力は弱まるんです。ゴドアを中心とした新しい経済圏も力を失います。ここを論拠にして援軍を頼むつもりです」
「わかった。だが、それだけじゃ足りねぇな。ゴドアにも動いてもらおう」
「さすがにゴドアは厳しいのでは?帝国がどう動くかわかりませんし・・・・・・」
「いや、実際に動いてもらう必要はねぇんだ。動く素振りをしてもらうだけで、ヘルセは警戒して全軍をこちらに向けることは出来なくなるだろうよ」
「そうですね。それなら私のほうで人選のリストを作ってゴットハルトさまに報告しますね」
こうして戦が避けられないと踏んだゴットハルトたちは、迅速に動き出す。
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