暗躍する者たち2
「話を戻しますが、我々は貴方の望み通りあらゆる手を使って家督を継がせたのです。もちろん、金も人手もあなたの兄上の命も注ぎ込んでます。もちろん、保険はありますが出来れば使いたくない。投資した分は穏便に回収したいわけです。わかりますよね?」
「明日の朝だ・・・・・・」
痩身の男は眼鏡を掛け直すと満面の笑みで答えた。
「ご協力感謝いたします」
「すまない・・・・・・本当に、こんな・・・・・・」
ふたりの男が部屋を出ると、ジザの嗚咽が漏れ聞こえた。
ロムルスは次の朝早く、徹夜した眠い目を擦りながらマジョーレ城を出立した。ロムルスも伯爵であり、彼の乗る馬車の周りを十五人の護衛騎士が固める。賊が捕まっていないので、平時より護衛騎士の数は多めであった。
朝の冷たい空気にさらされながら太陽の光を浴びると、徹夜した目もしばらくは冴える。朝日に照らされた畑や山々が、次第に影から金色の光に包まれる光景は美しかった。だが、それも朝を過ぎると、馬車の振動に揺られながら強烈な眠気に襲われる。
ロムルスが眠りから覚めたのは、激しい剣戟の音と護衛の叫び声であった。ロムルスはそれでもまだ寝惚けていたが、馬車に大量の血飛沫がかかったことで一気に現実を突きつけられる。剣を握り、馬車の扉を開けると壮絶な光景が広がっていた。馬車の周囲を護っていた護衛騎士のほとんどが倒され、血と泥が地面を染める。馬が嘶き、血の匂いが鼻をつく。襲撃犯は数人ほどであり、全員がフードを被っていた。
「賊か!」
剣を鞘から抜きながら、傍にいた護衛に尋ねると騎士はかすれる声で反応した。
「ロムルスさま、今すぐお逃げください!奴らの強さ、尋常じゃありません!特に先頭の漆黒の男、人間じゃない」
ロムルスはチラッと先頭の男を見た。フードを被っていてよくわからなかったが、黒衣の端々から黒いもやのようなものが溢れ出ている。
「オーラ持ちか!俺も戦う」
「おやめください!あなたは逃げるのです。我々は——」
刹那、衝撃音がしたかたと思うと、たった今までロムルスと話していた騎士の首が兜ごと飛んでいる。目の前には先ほどまで向こうにいた黒衣の剣士。ロムルスは衝撃を受けたが、瞬時に切り替え剣を黒衣の剣士に向けて斬りつけた・・・・・・はずだった。次の瞬間、ロムルスは宙を舞う。否、実際はロムルスの首だけが宙を舞っていたのだ。
「ジ・・・ザ・・・・・・」
何が起こったのか訳も分からず、ロムルスは声にならない声で呟き絶命した。
一方ビルギッタは他の二大ギルドとも連携を図るべく各所を奔走する。この間にも国民の反ルンデル感情は高まり、ルンデルから来ている商人や商業ギルドが襲われたり火がつけられたりしていた。そして国民の怒りに火を付ける記事が、新聞の一面記事として取り上げられる。
それはオッター・ヴォー付近で殺害された、ロムルス伯爵殺害の事件だった。記事にはこれまでの一連の動きから、ほぼルンデルの犯行によるものが有力だという説が飛び出し連日ヘルセが揺らぐ事態となる。遂にはルンデルの国旗を燃やしながらのデモが各地で起こり、十万人を超える規模となっていく。
そんな最中、ペルミエールのユーベルタール北方商会の商業ギルド、その最上階に位置する執務室は、豪奢な装飾とは裏腹に冷ややかな空気に包まれていた。窓からは夕陽が差し込み、緋色の光が大理石の床に長い影を落としている。
部屋の中央に立つビルギッタは、鋭い視線を痩身の男、ヒースルールに向ける。彼女の顔には、普段の冷静沈着な表情はなく、抑えきれぬ怒りが滲んでいた。
「高名な貴女から、わざわざ私なんかを訪ねていただけるなんて、思ってもいませんでしたよ」
ヒースルールは、執務机の後ろに座り、眼鏡の奥で光る狡猾な瞳をビルギッタに向けた。彼の声は穏やかだが、その裏には刺すような皮肉が隠れている。
ビルギッタは一歩踏み出し、机に両手を叩きつける。
「どういうことですか?」
「どういう、とは?」
「フローセルも憤慨してます。しらばっくれないで頂きたいですわね」
ヒースルールは小さく笑い、椅子にもたれる。ビルギッタは表情を繕うことすらせずに怒りを前面に出して男と向き合った。彼女にしては珍しいことである。
「ははは、貴女には関係ない話です」
「ロムルスはレオノールの顧客でした。それを——」
「おやめなさい。貴女が怒っているのは、別でしょう」
ビルギッタはほんの僅かの間だが、言葉に詰まった。その様子を的確に読み取ったように、痩身の男ヒースルールは核心を突いてくる。
「貴女が怒ってるのはフローセルのためではない、貴女の計画が乱されたからでしょう?」
「どちらでも同じことです。立案したのは私です」
「ルンデルを失って最も損を被ったのは我がユーベルタールです。そのためにも状況を確実に動かす必要があるのです。貴女の計画ではルンデルとの緊張を高めるだけで、王を動かすことは出来ないと判断しました」
「何を言って——?」
「王宮にも我々の耳があります。少女の話だけでは足りなかったようですね」
ビルギッタが何かを言い返そうと口を開いた時、背後のドアがノックされ男が入って来た。
「ヒースルールさま、ジザ辺境伯の使いの者からお手紙を預かっております」
ジザ辺境伯!?この男、一体どこまで手を回したのか。ヒースルールは手紙を受け取り、内容を素早く読み終えると、口の端に不敵な笑みを浮かべる。
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