暗躍する者たち
一方、王都フォーリアから屋敷に戻ったロムルスを待っていたのは、先日会ったばかりのジザの使いだった。ロムルスの姿を見ると深々とお辞儀をする。
「ルース!ルースじゃないか、どうしてこんなところに?」
ルースと呼ばれた青年は、はにかんだ笑顔で笑いながら返事をする。
「ロムルスさま、去年のパーティー以来ですね」
「ははっ、そういやそうだなぁ。ドタバタしてたもんでな、なかなかそっちに顔出し出来なくてな。それより、どうしておまえがこんなところに?」
ロムルスは最初の質問を繰り返した。ジザとは先日会ったばかりだ、それなのに、またジザが使いを送って来るのは不可解だ。ルースは一瞬目を伏せ、口を開く。
「実はダルジェントで起こったことがオッター・ヴォーの街でも起こりまして・・・・・・」
「焼き討ちに遭ったのか!?」
「はい。それで、ジザさまが緊急で話をしたいと申され、私がここに来たという次第です」
「なるほど、ジザは今動けないか。わかった、それなら行こう」
「ありがとうございます」
ルースは再度深々とお辞儀をする。
「ロムルスさまはいつご出立なされますか?」
「そんなに急いているのか?うーん、私もここに帰って来たばかりだしな。かなり急ぐが、それでも明日の朝になるだろう」
「わかりました、伝えておきますね」
「なんだ、おまえもどうせ帰るんだろ?今から帰ったら夜中になるぞ。今日は一緒にここに泊まっていけばいい」
ロムルスが誘うとルースは困ったように笑いながら返事するのだった。
「いやぁ、泊まっていきたいのは、私もやまやまなんですなんですが。一度お屋敷に戻ったら、すぐに次の仕事が待ってるようでして。もう戻らないといけないんですよ」
「緊急事態とはいえ、人使いの荒い奴だな。わかったよ、それなら奴によろしく伝えてくれ」
「かしこまりました」
こうしてルースは慌ただしく戻って行った。残されたロムルスは州都を空けていた間の状況を確認し、溜まっていた書類作業に加えて、今後の対策とおおまかな予定を立てる。その作業をしているだけで真夜中を過ぎていき、気付けば明け方になっていた。
レ・チェーゼ城にルースが戻ったのは、その日の真夜中も過ぎた頃である。ルースが戻ると、半開きになったドアの向こうに、ジザが憔悴しきった様子で執務室のデスクに座っていた。ジザが恐る恐る室内を覗くように半開きのドアに近づくとジザの方から声が掛かった。
「ルースか?」
「失礼しました。まさか、まだ起きてらっしゃるとは思ってなくて・・・・・・」
「色々あってな・・・・・・それより、あいつはどうだ?」
「明日の朝には、こちらに向かってくださるそうです」
「明日の朝か・・・・・・。わかった、おまえも休め」
ルースはジザの先日までの様子と余りに違うので、心配になりながらも尋ねることが出来なかった。書類が散乱したデスクの上には、ワインボトルとグラス。恐らく彼の言う通り、色々あったのだろう。
ルースが礼をして部屋を出ようとしたとき、ふたりの男が入って来た。ひとりは痩身で眼鏡をかけた中年の男、もうひとりはフードを被ったうえに黒衣を身にまとっていたが、剣を帯刀していることから武人なのだろう。ルースでもわかるほどに並々ならぬ気配を発していた。
こんな夜中になぜ客人が?そう思っていた矢先、痩身の男はルースと目が合うと軽く会釈する。それに合わせてルースも会釈したが、そのままふたりともその場で立ち止まった。そのとき、後ろからジザがルースに声を掛けた。
「ルース、下がっていいぞ」
「あ、はい。失礼します」
ルースはジザの圧のある声に押されるようにして部屋を出る。その後ろから部屋のドアが閉まる音が重々しく廊下に響き渡った。
執務室のなかでは、黒衣の男がドアを閉めると、痩身の男がジザに話し始めた。
「それで、どうなりそうですか?」
ジザは眼鏡の男を睨みつけたまま何も話さなかった。その様子をしばらく見ていた彼は不意に笑顔を浮かべる。
「もう賽は振られたのです」
「どうしてだ?」
「どうして?必要な措置だからです。それ以上は貴方が知る必要はありません」
「違う!なぜあいつなんだ?何もかも知ってるんだろ?あいつは俺の——」
男は指に口を当てて、静かにするようにジザを促した。
「先ほどの彼が聞いてるかもしれません、いいですか?我々は貴方に投資したのです。本来なら貴方は家督を継ぐ資格はなかったのですから。ね、そうでしょう?三男坊のジザさん」
ジザはその男の声と仕草に怒りを顕わにしてワイングラスを握りしめる。その拍子にグラスにヒビが入りグラスの足が折れてワインがこぼれ落ちる瞬間、ジザの手からグラスそのものが消えていた。気付けば、ジザが握っていたグラスは黒衣の剣士が持っている。
「いつのまに・・・・・・?」
「ご自分を大切になさってください。割れた破片で怪我をして、周囲に怪しまれたりしては困ります」
ジザはその一連の出来事に、既に自分の選択肢は無いと悟り、両手を机についてうなだれた。
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