異変
このラモン暗殺事件は唯一の生き残りであるラモン夫人を通してグランデ州全体に広まった。アシュの指示により、サシャは証拠になりそうな巨大な矢を回収して、近くの川にバラバラにして流す周到さだ。襲撃にかかった時間もごく短く、夫人の証言だけが残った。
「あの男は確かに言いました。ルナンド公爵からの伝言だと」
襲撃から数日後、夫人はコルティッソのカシドラ大聖堂で、夫の命を奪ったナイフを差し出した。ナイフの金装飾が燭台の光で鈍く光る。柄にはルナンド公爵家の紋章が刻まれている。司祭服の老人、パヴェルがナイフを受け取り、目を細めて見つめた。
「たしかに、これはルナンド公爵家の紋章のようですな。間違いなくその男はそう言ったのですね?」
「はい、確かにそう言いました」
夫人の声が震える。
「ふむ、どう思うかね?」
パヴェル司祭からナイフを受け取ったもうひとりの男性も興味深げに柄を見ながら、慎重に、且つ言葉を選びながら答えた。
「ご夫人、あなたの夫は敬虔な信者でありました。あなたとあなたの家族とに慰めがありますように。それから、この紋章とその話が本当であれば・・・・・・」
「我々で判断すべきことではないな」
パヴェル司祭が、助祭の結論が出る前に言葉を繋げる。助祭は少し戸惑いながら司祭を見たが、すぐに視線を逸らした。実際にマルムート王国のルナンド公爵が絡んでいるとすれば、司祭や助祭がどうにか対処出来るレベルを遥かに超えている。大司教か枢機卿、いや教皇にまで話を上げるべき案件だろう。しかも、すぐに・・・・・・。
この後、事態は大きく動いていくことになる。が、そうなる前に少しの猶予があった。グランデ州で起きたラモン暗殺事件は、瞬く間に西のマルムート本国の知るところとなる。これに対して、マルムート王からルナンド公爵に対して事実を追求されるも彼自身は知らないという他なかった。
事態が動いたのは4月25日である。ガーネット教団の教皇イゴール・ドゥラスキンより、ルナンド公爵の身柄の引き渡しと多額の賠償金を要求されたのだ。
「ここにイゴール教皇さまよりの書状があります」
使者が書状を広げる。羊皮紙がカサリと音を立て、事件の詳細が綴られている。ルナンドは顔を真っ青にして叫ぶ。
「私はやってない!私はそもそも貴国との戦争には反対していた。どうして、私が・・・・・・」
「本人はこう言っているようだが?」
使者は冷たい目でルナンド公爵の顔を一瞥すると、部下に向かって何かを指示し、マルムートの王アフォンソに向き直る。
「我々は根拠も無しにこんなことを言っているのではありません。これが証拠の品です」
使者の部下が差し出したのは、ルナンド公爵家の紋章入りのナイフであった。
「もし、やってないと本人があくまで主張するならば、やってない証拠を提出頂かなければ・・・・・・。無論、そんなものがあれば、の話ですがね」
ルナンド公爵の顔色は蒼白となり、震える指を閉じたり開いたりしていた。そのナイフは間違いなく公爵の物だったからである。
その後、ルナンドは徹底抗戦を叫び始める。その変節振りを見て呆れたのは王や諸侯たちであった。誰もが、公爵が自身の保身のために抗戦に舵を切ったことがわかっていたからだ。
連日、議論が交わされ、ルナンドの身柄の引き渡しに結論が傾きかけていたところに、グランデ州の住民たちがモンテ・ラブレで蜂起をしたという情報が入って来たのだ。これで議論は二転三転するはめになる。
5月10日、最終的にマルムートの王アフォンソ・デ・モニス三世はグランデ州の民衆蜂起に呼応するために軍を起こすのだった。マルムートは大軍を率いてグランデ、バ・ローズ両州に攻め入る、その数50万の大軍勢である。また、軍を起こす直前にルナンド公爵は王の相談役から解雇された。ルンデルから援軍の要請依頼がファニキアに入ったのは、そんな折である。
異変
ゴットハルトは警戒していたとはいえ、隣国ヘルセと事を構えることは当面無いと踏んでいた。一昨年から続く雨のせいで、作物の収穫量が落ちており食料に不安が出ていたからである。
これは、ルンデル国内はもちろん、むしろ隣国であるヘルセの方に被害が酷く出ていたことを情報として得ていたからだ。事実ヘルセは不作が酷く、備蓄を放出したり商会ギルドから食料を大量に購入している。
当面はなんとかなっているが、今年も不作が続けば、足元が揺らぐ可能性すらあった。民衆の怨嗟の声は次第に高まっており、このような状況下で外征をするなど考えられないのだ。
しかし、ここで奇妙な事件が頻発することになる。事件の発端は、ルンデルの王都レムシャイトから東にある小さな町ダルジェントで起こった。この街の住民がたびたび賊に襲われるようになったのだ。
このダルジェントを皮切りに南の街バウディア、北の街オッター・ヴォーなどの国境沿いの街が次々と襲われた。住民から襲撃の通報があって、衛兵が出てくる頃には賊はすっかりいなくなっている。こんなことが何度も続くと、住民たちからは街の衛兵に対して不信感が募るようになっていった。
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