降臨祭の裏で・・・1
ソフィアたちがゴドアでの会談を終えて三か月後、年は新年を過ぎ、三月を迎えていた。アシュ、サシャ、リザは、マルムートのグランデ州、コルティッソの場末の宿の一室で再会した。
コルティッソは、リベイラから東の街道沿いの小さな街。石造りの教会の尖塔が夕暮れに影を落とし、降臨祭を控えた市場では、信者が提灯を手に聖歌を口ずさむ。だが、街の裏通りは、ガーネット教の抑圧が漂う薄暗い空気に包まれる。宿の窓から見える街道は、砂塵が舞い、枯れ木が寒風に揺れる。
アシュとサシャはルナンド公爵領での情報収集を終え、ようやく戻ったのだ。
「そっちの首尾はどうなってる?」
最初に質問したのはアシュだった。
「ガーネット教の連中もさすがに気付き始めたみたいでな。何度か危なかったが、なんとか切り抜けた。組織の上層部の連中には直接接触出来る機会はほとんどなかったが、近々マルムート本国がいよいよ攻勢に出ることを噂で流しておいた」
「反応はどうだ?」
「半信半疑といったところだな」
リザは肩をすくめてそう言った。諜報や工作活動はもっぱらアシュの部下がこなしてくれている。リザもその恩恵に預かっているわけだが、今まで動かなかった本国が急に奪取された領地を取り戻すという都合の良い話を信じるほどお人好しの連中というわけでもなかったようだ。
「それでも、もし本当に本国が動くとしたら?それを私から直接上層部の連中に尋ねたんだ。そうしたら意外にも考えていて、モンテ・ラブレの城塞都市で蜂起するつもりらしい」
「ってことはさぁ、あたしらもそのモンテ・ラブレで一緒に蜂起するの?」
「ハッ、まさか!なんで我々が同盟国でもない相手に命を張らなきゃならないんだ。それに、目立ち過ぎると足がつく」
サシャが「むぅ」と頬を膨らませる態度に苛立ちを覚えながらも、リザは理由まで丁寧に答える。今度はリザが質問する番だった。
「それで、そっちは何かわかったのか?」
その質問にサシャが答えようとするのをアシュが制して先に答える。
「色々なことがわかったが、かなり複雑でな。まず、ルナンド公爵が王の相談役であったことは間違いないが、神託戦争が起きる前に父親から代替わりしてるんだ。当初、彼は父と同じく帝国に対して強硬な姿勢だったらしい。ところが、神託戦争が起きたときには帝国に対して柔和な姿勢に変わっていた」
「何があったんだ?」
「彼は相談役に就任してからほどなくしてある女性に出会ってる。カテリーナ・オーチェストという帝国から逃げて来た亡命貴族の女性だ。彼女は美しく、ルナンド公爵は彼女に執着したらしい。遂には彼女を説得し逢瀬を重ねていたそうだ。それからだ、ルナンド公爵がおかしくなったのは」
「あからさまじゃないか」
リザが呆れた顔をすると、サシャがニヤニヤしている。
「リザさん、よくその顔するよねぇ」
「安心しろ、おまえと話す時ぐらいだ」
「酷いなぁ」
「はは、冗談だ」
さほど冗談でもなさそうな顔つきでリザは笑ってみせ、アシュに先を促す。
「俺も帝国が送り込んだ工作員だと思っていたんだが、最近になって彼女は殺されたらしい」
「用済みになったということではないのか?」
「わからん。だが、殺された当日に誰かと言い争っていたという噂も聞いた。まぁ、今となっては真実は闇の中だ。そこまで深くは探る時間がなかった」
リザはその話を聞いて眉をしかめた。その女性が殺されたのは帝国と何か関係があるのかもしれない。マルムート内部にまで堂々と送り込んで来られた人間に引っかかるというのも、国家の機密を握る王の相談役としてどうかと思うが・・・・・・。
ひとつ引っ掛かるのは、彼女がどうやってルナンド公爵の考えを変えたのかがわからない。カテリーナという女性に篭絡されたとはいえ、それでも王の相談役だった人間だ。
「なぁ、そのカテリーナという女はどうやって公爵の考えを180度変えたんだ?」
「それも追ってみたんだが、よくわからない」
「そうか・・・・・・」
アシュは、リザが考え込むのを見てしばらく自分も考えていたが、思い出したように再び口を開いた。
「そういえば、関係あるかわからないが・・・・・・。カテリーナはよく香を焚いていたらしい」
「香?」
「ああ、そんなもんが関係するのかよくわからんがな。話は変わるが、行動を起こす準備は出来たぞ」
そう言って、アシュは懐からナイフを取り出してリザに渡した。柄は金で作られており一目見ただけで実用品ではなく、装飾用だとわかる。柄には細かい装飾が施されており、その先端には公爵家の紋章が刻まれていた。
「よくこんなもの手に入れたな?」
「詳細は秘密だ」
アシュは片目をつぶってニヤッと笑った。
「では、いよいよだな?」
「領主のラモン辺境伯は、毎年降臨祭に出席している」
ガーネット教では毎年五月になると、降臨祭が行われる。降臨祭とは精霊が地上に降り立った日を祝うものであり、精霊が人々に言葉を授けるとされている。精霊から言葉を授かった人間は異言を話し出すと言われ各地の教会でミサが行われるのだ。
※神託戦争:アルスが以前調べた書物の中に書かれてあった戦争。リヒャルト伯爵とアチャズの間で交わされた会話の内容もこれに当たる。マルムートの東の領地でガーネット教信者が迫害されてるという名目でザルツ帝国(動いたのは教皇)が介入。その結果、マルムートの東の領土は帝国のものとなった。帝国はガーネット教の迫害を理由にして領土を拡げる口実にしていると、フリードリヒは過去非難している。
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