国家級特別経済特区
その日、ゴドアはルンデルとも国交と経済協力を正式に結んだ。ただし、経済特区は発案者のファニキアが先行する。国家プロジェクトゆえ、ゴドアとルンデルはファニキアの実績を待つ姿勢だ。ローレンツとの国交はすでに開かれており、経済協力も時間の問題だった。ソフィアとフランツは、アンリやエヴァールトと合流し、宮殿の庭園で祝杯を挙げた。
ルンデルの会談は保留だったと知り、フランツは初日のソフィアの粘りがなければ全てが水の泡だったと背筋を凍らせた。武器なき戦いで、ソフィアは国家の命運を分ける勝利を掴んだ。
その後、彼らはゴドアの政務官と詳細を詰め、大枠が決まると帰途についた。この新たな経済圏は、ファニキア、ローレンツ、ルンデル、ゴドアが三日月型に連なることから、後に「東三日月経済圏」と呼ばれる。だが、ラドリンクスでは3大ギルドがヘルセを動かし、帝国の目を東に引きつけようと暗躍していた。ソフィアの勝利は、新たな戦いの幕開けでもあった。
新しい経済都市
ソフィアが帰国してから、アルスは新しい計画に乗り出していた。もちろん、それはハサード王との約束を果たすためである。すなわち、国家級特別経済区の建設だった。
「やっぱり新しい経済都市をゼロベースから造るのはかなり時間がかかっちゃうね」
アルスはファニキアの地図を机上に広げながら、感想を漏らす。アルスの周りにはマリア、ソフィア、ミラ、フランツ、ベルトルトに加えて少女が座っていた。
「ニナ、なんぞ良い意見はあるか?」
ニナと呼ばれた少女はうつむいたまま返事をしない。フランツが覗き込んで一言。
「こいつ、また寝てるぞ」
それを聞いたミラはバンッと机を叩いて叫ぶ。
「ニナ!貴様、起きんかっ!アホタレが!!」
ミラの怒声で起きた少女は、垂れたよだれを拭きながら慌てて答える。
「あ、ミラさま!もう夕食ですか?」
「そんな話はしとらん!貴様、何回寝たら気が済むんじゃ!」
「あ、すみません。いつの間にか・・・・・・」
ニナは申し訳なさそうな顔をしてるが、会議中に寝るのはこれで5回目である。ニナ・フォッシュはシャルミールで政務を取り仕切ってるシリド・フォッシュの娘だ。政務官の補佐として、父の仕事を良く手伝ってきた。州に出入りしている商品の流通路や資金の流れを熟知しており、経済的な知識が豊富である。
実務においても非常に有能であることから、ミラがアルスに政務官として推薦したのだ。だが、仕事以外はボーっとしており、集中して仕事をしている間はいいが、会議になると途端に睡魔に襲われて何度も寝てしまうという失態を繰り返している。
「え、えーと・・・・・・なんでしたっけ?」
ミラが腕を組んで大きく溜め息をついている間に、アルスが苦笑しながら間に割って入る。
「まぁまぁ。ニナに聞きたかったのは、経済特区をまっさらの状態から造るよりも、既存の街を利用して、近郊に建てるほうが早いんじゃないかってことだったんだ」
「あー、そういうことでしたか」
ニナがあっけらかんと受け答えしてる様子を見てミラがプルプルしていたが、アルスは先を促した。
「そうですね。やはり急ぐのでしたら既存の街を利用したほうが早いかと思います。場所は既に候補がいくつかあります」
ニナは既にその想定もしていたらしく、いくつか候補を挙げていく。その候補の位置や特性を細やかに、その場にいる全員にテキパキと説明していった。こうした部分を見ると、先ほどまでよだれを垂らして寝ていた少女とは思えないほどである。その場で比較検討して、王都ミラン・キャスティアーヌの東にあるヴィルナ・ヴィルという街の近くに決定した。ここからなら、南東からローレンツ、ルンデルと街道も繋ぎやすい。さらに、北のロアール公国を経由すればゴドアとも近かった。
「そうと決まれば街道整備だね」
「それと、エルンに港を造ってはどうかの?あそこは良い港になると思うんじゃがの」
ミラの提案に思わずアルスは笑った。
「それはさすがに時期尚早かなぁ。ふたつ同時に出来るほどの余裕はないよ」
「それにしてもよ、よくフリードリヒ王からエルンを割譲してもらえたよな?」
フランツがエルンと聞いて思わず反応する。ミラは結局エルン州もアルスがルンデルから取った領地だとして、フリードリヒに割譲を申し出たのだ。言い出したら聞かないミラである。これにはフリードリヒが難色を示し、揉めに揉めたがエルン城の東に流れる川までならということで決着した。こうしてエルンの西側は、ファニキア王国の一部となったという経緯がある。これには、エルン州自体がかなり小さな州であったということも幸いした。
「ううむ、確かにそうか・・・・・・」
ミラもアルスに言われて納得した様子だった。
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