ラドリンクス会議(大陸経済会議)
年に数回、ラドリンクス会議と呼ばれる大陸経済会議が、ユーベルタール北方商会の会議場で開催される。重厚なオーク材の扉が閉ざされた会議場は、壁に掲げられた金色の商会紋章が燭台の明かりに映える。円形のテーブルを囲むのは、3大ギルドの重役と大陸中の有力商会の代表たちだ。
部屋には羊皮紙の匂いとインクの香りが漂い、窓の外から聞こえる川のせせらぎが、緊迫した議論の合間にわずかな静寂をもたらす。この会議では、3大ギルドを含む大陸の経済勢力が、喫緊の課題を議論する。今回の議題は、ルンデルの新王ゴットハルトの経済変革と、ファニキア(旧レーヘ)の台頭による影響だった。
ゴットハルトはルンデルで3大ギルドを目の敵にし、ユーベルタール北方商会やレオノール大商会を完全に締め出した。リゾート地であり貿易港のランツベルクは、3大ギルドにとって莫大な利権を生む象徴的な都市だった。レオノール大商会は、長年の投資でランツベルクに傀儡政権を築き上げていたが、ゴットハルトの改革で水の泡となってしまう。
さらに、ファニキアのアルスがレーヘを平定し、3大ギルドとガーネット教を追放したことで、大陸の経済勢力図は一変。レーヘはルンデルほどの投資対象ではなかったが、3大ギルドの影響力を削ぐ新たな脅威として浮上していた。会議場では、数日間、白熱した議論が続いたが、具体的な対抗策は生まれず、重役たちの苛立ちが募っていた。
そんな中、ある女性の提案が場を一変させる。ローレンツ支部長、ビルギッタ・シュテルンだ。彼女は、ルンデルでの屈辱を払拭し、商会の頂点を目指す野心を胸に秘めていた。絹のドレスに金の髪飾りを輝かせ、ビルギッタは立ち上がり、鋭い声で切り出した。
「ルンデルには我々レオノール大商会は少なくない投資をして参りました。彼らが力で我々の自由な経済活動を排除することは到底許されることではありません。ファニキアも同様です。あの新興国家が我々を締め出した報いは、必ず受けさせねばなりません」
ユーベルタール北方商会の会長バーリンドが、灰色の髭を撫でながら先を促した。
「前置きはいい。要点を述べてくれるかな、ビルギッタくん」
数日前から現状を嘆く発言ばかりで、具体策に欠ける議論にバーリンドは食傷気味だった。ビルギッタは眉をピクリと動かしたが、冷静に頷き、声を張った。
「それでは、結論から申し上げます。ヘルセを動かすのです。我々に軍という力はありませんが、力には力で示さねばわからない相手もいるかと思いますので」
バーリンドが目を細め、レオノール大商会の会長が反論を口にしようとした。
「そのようなことは既に我々も考えておる。第三者機関を使ってガイウス周辺に働きかけてもらっているが、そのような気配はない」
「それにな、昨年の大雨で食糧不足だ。ガイウス王が外征に乗り出す気分にはなれんだろう」とレオノール会長が付け加えた。
ビルギッタは怯まず、逆に声を強めた。
「本丸が落とせないのであれば、外堀から埋めてしまえば良いのです。ヘルセに食糧や資金を流し、ガイウス王の腹心に取り入れば、必ず動きます。さらに、マルムートのレジスタンスが騒がしくなっていると聞きます。ヘルセを動かせば、帝国の目も東に引きつけられ、ルンデルとファニキアへの圧力を強められます」
レオノール会長が「何を言って——」と否定しようとした瞬間、バーリンドが手を挙げて遮った。
「いや、待て待て。面白そうだ。何か考えがあると言うなら聞いてみようじゃないか」
ビルギッタの口角が一瞬上がり、燭台の光が彼女の瞳に映った。
「ゴドアがファニキアと手を組もうとしているとの情報もあります。ゴドアがあの新興国家を認めれば、我々の経済圏はさらに狭まる。ヘルセを通じてルンデルとファニキアを封じ込め、ゴドアへの牽制を強めるのです。ルンデルの屈辱は、私が必ず晴らしてみせます」
会議場に静寂が落ち、羊皮紙をめくる音だけが響いた。バーリンドはゆっくり頷き、他の重役たちもビルギッタの提案に耳を傾け始めた。ルンデルとファニキアへの反撃の狼煙が、ラドリンクスの会議場で上がった瞬間だった。
ソフィアのたたかい
その頃、ジェルモ一行はゴドアの王都ギーラーンのアル・ジャハール宮殿の謁見の間にいた。ギーラーンは、砂漠の中心にそびえる白亜の都市だ。城壁の外には、灼熱の陽光を浴びた砂丘が広がり、街の通りには青いタイルのモザイクが陽光にきらめく。市場では、アル・ダフール同様の香辛料や絹の天幕が風に揺れ、ラクダの唸り声と商人の呼び声が響き合う。
だが、アル・ジャハール宮殿はその喧騒を隔てる聖域だった。白大理石の外壁にはゴドアの伝統的な星と月の文様が刻まれ、巨大なドーム屋根が空に映える。宮殿の庭園では、噴水の水音と椰子の葉のざわめきが涼やかな風を運んでいる。
ルンデルの使者であるアンリとエヴァールトは先にハサード王と面会し、新国ファニキアの使者は後回しとなった。控えの部屋に通されたフランツとソフィアは、絹のクッションが並ぶ長椅子で長時間待たされた。部屋の窓からは、宮殿の中庭が見え、色鮮やかな鳥が水飲み場で羽を震わせる。だが、フランツの苛立ちは収まらない。
※ビルギッタ:女傑。レオノール大商会、ローレンツの支部長であり、過去ローレンツのベルンハルト王弟殿下に取引を持ち掛け、王位に就かせようと画策する。ローレンツ第三王子殺害にも関わっている。
※3大ギルド:レオノール大商会、ユーベルタール北方商会、グランバッハ商業協会を指す。国境を破壊し、大陸を経済で支配する「大陸覇権主義」を密かに掲げ、超富裕層による支配を企む。
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